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お越し下さりありがとうございます



お話会を振り返る
前記事は、つまらないですね。。。
こっちが言いたい事というか、個人的に私の世界の中で起きたお話会でした。

お話会、具体的に何があったと言われると、
当日決まった日時と場所に全国津々浦々から一同に介して、メインは箱作り、合間合間に占いのデモンストレーション、公開鑑定などなど。
と言うと、何やってんの?楽しいの?それ?
と思われるかもしれないけども、他の交流会と違う点は、(行ったことないけど)
楽しむ事、学ぶ事は全部自己責任という部分でしょうか。


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京都お話会お疲れ様でした
行かなきゃいけないって訳ではないのだけども、やはり生で会うと情報量が違うものです。

京都お話会、遠方からの方も多く来て下さりありがとうございました。
発案者のifさんはじめ、講師のあやにゃんさんに、やはり参加者が居てこそのお話会。
微力ながら力添え出来たのなら幸いです。

自分が如何に考えてない人間だという事で、肝心な時に決断できなかったり、見当違いなこと言ったり
無礼な発言かましたりと、何かと迷惑かけた点が多々あったと思いますが
皆さん積極的に動いて下さり、楽ができ助かりました。
特に京都幹事のMさん、貴方で本当に助かりました。
私はブログ持ってたり、参加者とのやり取りなどで表に出る機会が多かったですが、
Mさんは見えない部分で本当に色々お世話になりました。
他にもご当地の美味しいものや、皆を楽しませようと色々用意してくださった方、ありがとうございます。
構ってお話ししてくださった方、楽しかったです。

反省点やら思う部分が大いにありますがそれは別記事に大いに書くとして、ここは純粋に感謝を述べたいと思います。
本当にありがとうございました。
せめて肩パン/追記6/7
正論ネタになる事があった。

とある出来事に対して私は覚えており、相手は覚えていなかった。

相手が言うには「私はそんなことしない、したことない」との主張。
私はそうではない、しっかり覚えている。
と伝えても、無邪気なまでに「そんなはずはない」との主張。
さらにそんな意地悪なことなんで言うの?という反応。
こ、コイツ、都合の悪い事は綺麗さっぱり記憶から消去してる……!
(嘘は付かないタイプなので、本気で忘れてるという部分は信じてる)
と、憤りを感じる部分とこの不毛なやりとりに対する脱力感というか感情を持て余す。

相手が忘れてるのだから、相手が悪いじゃないか。
と、思う部分と、
ああ、忘れてるという事は相手にとって『無い事』になるのだなあと、言う、諦めの部分。
もっと言えば、忘れるという事は相手にとってさほど大事な事ではないのだと理解する。
よく考えりゃ、私にとってもコレは大した事じゃない。
そんな事で憤るのはアホらしいのであるが、やはりちょっとムカつくので※肩パンぐらいはしたいというか、させてください、それで水に流します。
という怒りの残滓を流れに任せて記事にしてます。

もっと色々増したら、肩パンするのもどうでも良い心境、もっと上に行くと愛おしい心境になるのであろうが、今の時点の自分はコレである。

因みに相手は私の母ぐらいの年齢の女性である。

追記/6/7
と言っても、自分もよくよく考えたら、嫌な事や都合の悪い事やどうでもいい事など忘却してるに違いないので人の事をとやかく言う資格は無い。
という事で、お互い様ということで、自分に肩パンしとく程度に収めておく。


※肩パン
肩にパンチをすること。
握った拳を、対象人物の左右どちらかの肩甲骨と鎖骨のつなぎ目(肩)にぶつけ、衝撃を与えること。
痛みを与えるのが目的でない場合が多く、主に威嚇的意味合いが多い。


初めて利用
いつの間にかYouTubeにコメントが出来るようになってた。
自分が忘れてるだけで登録したか、Gメールと連動してるぽいのでそのタイミングで勝手にそういう風になったのか確かめてはないが。

で、YouTubeだが未だにグルジアのダンスを見ている。ついつい見てしまう。
ストーカーばりにアップされてる動画をチェックして、その熱が高じてついついコメントを入れてしまった。
そしたら、返信が来て思いがけず嬉しかったのだが、読めない。
グルジア文字ってこういうやつなのだが
例/დიდი მადლობა(ありがとう)
グルジア文字じゃなくてアルファベットに変換されたグルジア語で書かれてるので、翻訳サイトで翻訳されない。
(しっかり探せば見つかるかもしれないが)
分からなくても支障はないが、気になる。
自分で調べてもいいが、大変そうだ。誰か教えてくれ……しかし身近に外国語が堪能な人材が居ない。

そこで思いついて初めて利用してみたのが、ヤフー知恵袋。
アカウントさえあれば気軽に質問出来る。
と言ってもあまり期待してなかったのだが、ものの1時間しないうちに回答が来た。
これには感動した。見知らぬ誰かに感謝である。

肝心の内容自体は、英語で言うと「イエス、オーライ(*´∀`*)」みたいな意味合いであった。

youtubeの件と言い、知恵袋の件と言い
実際会ってないのだが何処か他にいる見知らぬ人の存在をこんな風に感じられるとは凄い時代だと思った。

今日、そう言えば私は鏡で自分の姿を見るのが苦手なのだと自覚した。
前々からその何となくその心地悪さを感じており、見れなくはないが、何となく苦手である。

何でかなあと、考えてたら、小さい頃何か気に入らなくて不貞腐れていて、仏頂面をしていた。
その様子に母は苛立って「その仏頂面を鏡で見てごらん!」と言われたのを思い出した。
勿論、そのような顔は自分で見ててもいい気分ではなく、不愉快な顔をした自分は自分でも嫌な顔であった。
ただでさえ、幼少の頃より弟は女の子と見間違われ(今ではヒゲメガネのオッサン)、私は男の子と間違われるような容姿をして
(認めたくない余談だが、今年の正月帰省したら私と弟はソックリなメガネをしており、背格好が似てたのも相まって、容姿が似てた……)、
そのコンプレックスを抱えており、そこに来て不細工の上乗せをさせられ、それを自覚させられたらたらそりゃあ傷付く。
なけなしの乙女心のライフはゼロである。

という訳で、自分の顔を余り見たくないのだと、直視を避けていたのである。
それは自分の意識の直視を避けることにも及んでいる。
ただでさえ自分の意識の客観視は難しいのに、それを意識的に避ける傾向がある。

この出来事から感じた事は、怒ることはいけないこと悪いことだと抑圧してきた事。(抑圧しきれない部分は漏れたりするが)
女の子は女の子らしい容姿をしていなければいけないと思っていた事。
自分の姿が嫌いだと思ってた事。

もっと色々複雑に要素は絡み合って、些細な事でも一生涯自分を縛ることがあるのだと思うが、
それでも自覚出来たらそこから手放せると思う。