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鬼の首を取ったの如く

2017.04.01 Sat
かつて、というか最近までラジオやらテレビで喋りのプロと言われる人が噛んだりとちったりする度に、「あ、この人噛んだ」
とか言ったり思ったり、囃してたたり、今思うと必要以上に責め立ててた。
根底に“失敗は許せない”という想いが凝り固まってたのだ。
失敗=悪 であるものと思い込んでおり、それは他人に自分にと全方向に責める感情は向かってゆく。

自分が少しでもミスや失敗したら、それこそ地獄まで堕ちたような心境になり、自己嫌悪やら罪悪感に苛まれ自己否定に繋がり自分なんて……とやけっぱちな気分に陥り、
他人がミスすればそれが許せない気分になり、怒りが沸く。

文字に起こすと相当嫌な性格である。

もっと前はその失敗責めは無意識に行われており、勝手に怒ったり、自棄になったり人ですらない状況であった。

という事があり、こうやって記事にしてるのは、今ではあまりそうは思わなくなったからである。
相変わらず噛んでも(あ、噛んだな)と思う程度で収まってるのである。
何でこのような心境の変化があったのかなあと、思い出そうとしてるが決定打がない。

今思い当たったのが、何かの本かで目にしたかもしれないがフジ子ヘミングが
「失敗っしても良いじゃない、機械じゃないんだから」
と言ってた(書いてた)のを読んで、あ、失敗しても良いんだ。と、思ったのがキッカケかもしれない。
しかし、その文章を知ってから数年は経過してると思う。
頭で知っても、心に届くのは時間がかかる事例である。

まず失敗しない人は居ない。それを責めても解決にならない。
何故なら感情が先立っており、解決や改善を考えてないからである。

もっと言うと失敗して責めても自分が辛いだけなので、それが嫌ならそれを辞めれば良い。
という単純な事であった。
自分の失敗が許せれば、他の人の事のソレもどうでも良くなり、結果、心が軽くて快適に過ごせてる。
そんな感じである。
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