点と線と円
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お越し下さりありがとうございます



悔いる
店にとある人がやって来て、私は実際現場に居なかったから知らないのだけども、
話によると、別の近くの売り場で店員に掴みかかり叫び暴れて警察沙汰になり、出禁になった人らしい。

確かに挙動不審であるが、何かそういう雰囲気の事情の人っぽいので警戒したが、その時は特に何事も無かった。

というか、話しかけても無反応なので私が困惑したのと、滞在時間が長いのでその間が他の事が出来ないのが困った。
ぐらいであった。

叫ぶとか想像出来ないというのが感想である。

で今日また、来店されてそれなりに警戒したのだが、
観察していくうちに冷静に考えると、自分が一方的な情報を鵜呑みにして相手をこういう人間だと偏った目で見てるということに気付いて、何か申し訳なくなった。

それを無くすために色々やってるのに。

中立な立場を心掛けつつ、もう一度コミュニケーションを試みてみると、相変わらず言葉は発しないが、意思表示はしているのだと気付いた。
反応は無いと思ったのが、反応はある。
私がちゃんと見ていなかったのだ。

結局、普通に品物購入してくれて、言葉は発しないがそれ以外は存外普通の反応なので、あの情報は何だったのかと思ったのだが、状況によっては、そういう事もあり得るかもしれないと頭に入れておく事にした。

何考えてるのか理解不能と言っても、感情とやらはあるのだし、私らとそんなに変わらないじゃないかと。

しかし、ああいう感じなので、多分、苦労の多い生き方をしてるのに想像は難くない。せめて心安らぐ事が増えたらなあと思った。

私は見える事でしかその人を判断を下した事と、偏見の目で見た事を非常に悔いた。
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結局はそれを望んでる自分がいる
クラウドの記事制作に2時間程費やし、ギリギリで投稿しようとしたら、
ご丁寧に文章チェック機能がありまして(レビュー記事などにはなかった)、
それに大量にひっかかり正しくない日本語を修正しようか
まごまごしてたら時間切れになった悲しみのままにブログをアップします。

しかし、難易度というもがアレにもあるのだなと分かったので、無駄にはしますまい。
今度は余裕を持って、投稿します。
というか、自分って怪しい日本語使ってたのだな。

今日の出来事と言ったら、自分は謝らなくて良い時に謝り、謝る必要の無い時に謝るという、
大変思考力のない事をしてるのだなと指摘されて気づいた。そして傲慢であると。

謝る必要のないときに謝るのは、主にトラブル回避の先手を為の自分なりの対策なのだけども、
理不尽な事を受け入れてるというのを自分でしており、結果、そのような出来事が身の回りで起こるのであると今更ながら思う。

しかし、逆のことを自分でされると、何で謝ってんの?と、少々心持ちが悪くなる辺り、
この行為は我よしであると他人の事は見えても、自分の事が見えてないのだと今更思う。
同じことしてるし、これは同族嫌悪であると言える。


集団結果が出まして、(一夢庵さんifさんありがとうございます)

境界線、現状維持でありました。
ある意味妥当である思うのは、この結果が決して不本意ではなくて、
ひょっとして、実は今の世界が居心地いいと思っているからではないかと
出た結果に対して自問自答してるのです。
だとしたら、まさに現状の維持の境地であるので、これでは上の境地どころでは無いと判断するところであります。

で、いやらしい考え方だけども、この割合が、例えば私の境地が多数だったら?少数だったら?
で感じ方きっと変わるのですよ。
それこそ周囲の状況で左右される境地であると言えるので、現状維持やむやし。
と自己判断するところなのです。

だから、思考を変えるべくやり易い取っ掛りとして行動を変えるべく、普段しないことをやってみてるのだけども、
(クラウドもその一環)なかなかミの域には達してないなあと実感する部分もあるけども
とりあえず、色々やってみようとウロウロしている心境であるのが今なのである。

立て続けに
こっちの心がささくれ立ってる時、大抵相手にしないといけない人もそんな状態な事が多いことに気づき、
こ、これはこちらの状態が顕われてるのだ。この世界の隠れてるものが顕在化してるのだ。
と思うようになった。
隠せない世界なので分かり易いと言えば分かり易いのだが、
これによって更に精神状態が振り回されそうになるのは想像に難くないので、ますます意識せねばと思う。

朝急いで支度して(寝坊)いつも使ってるベルトを少々手荒に扱ったらバッグルが壊れた。
元々ヒビが入ってたのは把握してたのでとうとうか……と思った。
仕事場に行ったら同僚の時計のベルトのバックルが壊れたと言ってきた。

壊れ方が酷似しており、何となく“楔が外れる”と言葉が浮かんだ。
つなぎ止めてるの物が外れてバラバラになる。というメッセージかもしれん。
それは見えるものか見えないものか、具体的には知らんが。

願わくば、思考の余計な制限が外れてもっと自由になれたら。と思う。
記事制作で思ったこと
懲りずに今度は次数の少ない400文字で記事制作をしてみたら、承認されたのでやったーと思った。
試みたのはサイトの紹介記事という奴で
①ゴールキーパーグローブの手入れの用品を扱うサイト
②無料テンプレを使って名刺制作をするサイト
の2点。

①なんかはその存在を知らなかったし、これから先使うこともないだろうけど、
それでも何とかなるものだなあと自信になった。
②は何となく内容は把握できたので、どこをおすすめポイントにすれば良いのかに絞ったら割と簡単に文章ができた。

調子に乗って今日は何故かホストクラブのサイトの紹介記事に挑戦した。さてはて、結果は。

思ったが、記事制作の仕事の案件がずらっと出るが、その中でホントに興味のある内容とか書きやすい内容って極々わずかだなあと。
その間口を広げる為にも余計な思い込みとかで尻込みするのは勿体無いと思った。

今回のホストクラブのサイトも見てみると中々面白い。冗談みたいな人たちが沢山出てくる。
そこで一種独特な空間を作り上げて、夢を見させるのか。存在が面白い。

しかし、頭を使うのは一緒で慣れない作業は楽しくもあるが大変でもある。
特にオーダーに沿った文章を作るのは難しい。
たまにヤフーニュースの文章のアレさに毒付く事があるのだが、それを控えようとか。我が身を振り返る。
あとは商品説明文とか、普段当たり前のように目を通してるが、それを考える人がいるのを今更ながら思う。
というか身の回り文章だらけであるが、それを作ってる人について、どうやって作ってるかについて意識が向くようになった。
どうして分かりやすいのか?とか。

思ったが、なんだかんだで「普通」が一番であるのかなあと今の所保留にしておく。
遅ればせながら。
Gendamaというものをやってみた。(情報ありがとうございます!)

実際やってみると、色々分かってくる。
クレジットカードを作るのはポイントが高いので試しに無印のMUJIカードを作ってみたら、ちゃんと60000ポイント入ってた。おお。
無印はたまに利用するし、特典が多そうなので持っててもいいかなと。

更にちまちまポイント貯める手段があるので色々試してみた。
モリジョブにあった動画のタグ付けというものをやってみた。
ランダムに出る5秒の動画を見て、それにふさわしいタグを選択するというもの。
なかなかそのタグにふさわしい動画が出てこない。
しかも、簡単な仕事という事ではあるが、なかなかそのタグの条件を満たす判定というものがなかなかシビアでその判断が難しい。
いつになったら出るのかと繰り返し観てたら気づくと40回ほど動画を見てた。結局タグにふさわしい動画は出てこなかった。

1回見るのに8ポイントで、40回で32円と思うと、何をやってるのかと無為な気分になった。
これを一日中やってたら果たして、いくらになるのだろう。
というか、何の目的でこの仕事が?

などとサイト内を徘徊したら、やはり記事制作に辿り着く事となった。
先人の方々が道を開いてくれてるおかげか自分の中のハードルが下がっており、よしやってみよう!
という気分になったが、撃沈した。
初心者で手を出したのが1000文字の記事制作というのがいけなかった。
途中まで頑張ったが情報がまとまらず、混乱した。時間制限もある。

自分があまり知らない事を調べて尚且つ他の人の興味をそそるような、条件を満たす分かりやすい文章となると難しい。
問題集やってはいるけど、ブログもあるけど、それとこれはまた違う。
いや、やってようやくこのレベルなのかもしれないと自分の力量について思いを馳せる。

しかし、これは確かに鍛えられる。タイピングの練習にもなる。
しかもお金が発生するとなると、これはやってみてもイイのではないかという気分になる。

文章制作は頭が整序されてないと難しい。
先の問題集でも人に分かりやすい文章をと、指摘された自分である。
そこを是非とも鍛えたいと思っているので、チャレンジしてみようと思う。

クラウドのサイトを見ると、一日で1万円近く稼いでる人も居るのが分かる。
何というか、夢のある話ではあるが。どんな風に記事制作してるか興味がある。
と、思ったらサイト内でそういった人の記事があった。情報と時間と文字の使い方が職人技の域まで達したらこうなるのか。
皆それぞれ工夫してるのだなあ。

という訳で一通りやってみて、ゲーム感覚で遊べそうだとは感じた。
というか、出来そうで出来ないというのがもどかしいので、上達したい。という気持ちである。
あと、これをやってみてお金の価値について今一度思うところもある。

↑因みにここまででで文字数は1153である。
前世探し
遊びであるけども、真剣に。そんな感じなので面白い。
読んでて為になるので、こうやって構成すれば読みやすいとか、確かにこれは改善しないとなあと、
感じたり自分だけでは得られない視点なのでありがたい。(その指摘が的確なこと……!)

前世とかの話題は以前は一部の人達の認識とか思われてた時期があったと思われるけど、
気軽に前世が~という話題を最近、よく耳にするのだ。
かくいう以前自分も何処か特別視しており、其れを知ることが出来るのは一部の人であり、
あったとしても自分には関係ない今が大事でという認識であった。(その神秘性に何処か憧れもあったが)

今はその前世という認識が随分近くなったと思う。
というか、皆それぞれ何かがあり、きっかけさえあればちゃんと糸口を掴めるのだ。
一番変わったのはそれを知って、今の自分は一体何者なのだろうか?と関連付ける考え方を教えてもらった事だと思う。


しかし、前世探しで難航したのは私が歴史を知らなすぎるという事。
学校で習った事が、かなりすっぽ抜けてる。あの月日は一体なんだったのだ。
カール大帝って名前知ってるけど、何した人だっけ?というレベルである。

最近知ったのだが、キリスト教と言っても正教、カトリック、プロテスタント、其の辺も大分違うというのが結構な衝撃で、
知らないという事は認識を狭めるのだなあと思った。
(しかも正教の教えが自分には結構魅力的に映った。)

話題は前後するが、例のスーパームーンの時、自身のあり方を問われる事があり、無知と傲慢について思い知らされたものです。
よく聞く「悔い改めよ」という例の文句が「悪抱き参らせよ」に通じるものがあると思う。
満月はその日は早めに就寝してしまい見逃した。
残念。
逆のような気がしてきた。
前世探索して提出したけども、何かしっくりしない部分があり、ふつふつ考えると、とある人物の逆の立場のような気がしてきた。
というか、そっちの方がしっくりしてるのだし、現世との因果関係もつながってくる。

その時はそれしか見えてなかったのだけども、ちゃんと考えて無かったのだと思い知らされる。



玉 蝉
長年追い求めてる品がある。
それを初めて知ったのは数年前、5年も経ってはいないと思うが飛行機に乗ったとき常備されてる雑誌の中の記事であった。

旅に纏わる国内外の事を記事にしてあり、特にする事が無くその雑誌を読んだのだが、ある記事のある品が頭に残り、未だにその幻影を追い求めてるような気がするのだ。

内容は中国の素朴な観光地を旅したという記事であり、内容やら具体的な地名を覚えてないのだがそこの露天で入手したらしい
玉で作られた蝉の写真が妙に関心を引いた。
玉蝉
※イメージ:玉蝉

玉で作られた蝉はまんま玉蝉というらしいが昔の中国の偉い人の口に入れられ埋葬するらしい。
再生を願ってということだ。
(という情報を知って映画”羊たちの沈黙”の被害者に蛾の蛹が入れられてるのを今思い出した。変態する虫はほんとに神秘。)

どうしても強烈に欲しいという訳ではないが
忘れない程度には気になるので時折思い出してはヤフオクでチェックするのだが、
あんまり出品されてなくて、されても気に入らなかったり高価だったりと
食指があまり動かないという状況である。
ちょっと前までは安かったのになあ。
縁があればその内手に入るだろうとその程度には思ってはいる。

今まで前情報が無いのにそこまで気になるのはそっちの方面にも縁があるかもしれないと思ったりもする。
モノから辿る縁も面白い。
ので、ヤフオクのアンティークカテゴリはぼんやり見てても面白い。

というのを今回のオリオンゲートで蝉が話題になったので思い出して記事にした次第である。
結局分からん
近場にて豊臣秀吉についての特別展示が行われてたので気になったので足を運んだ。

戦国時代の三英傑が集う土地に住んでるというのもあり、身近といえば身近なのだけども、
ここ数年某織田周辺と縁のある方々の話題を聞くので、前よりは興味の度合いが強まったというのもある。

因みに私の中で三英傑を興味の度合いで言うと、秀吉は決定的に3番目なのである。あまり興味がない。
家康、信長は甲乙つけがたい。

何でかと言うと、どうも人物像が掴み兼ねてるのだ。
今に浸透している秀吉像は後に作られたやつっぽいので、嘘くさいなあと。
その辺の真実はどうなのという訳で、今回足を運んだのである。

そんなに広いところではないし文字の資料が多かったのだが、興味深く拝見できた。
で、何が分かったというと、肝心の出自とか、人格形成に関わった出来事とか、若い時期の事を記したものは今の所、残ってない。
有名エピソードも後の創作の物も多い。信長に仕官した時期もはっきり分からない。草履エピソードも創作の可能性が大きいとは。
とにかく、人物につては史実が乏しく分からないこと多いという事が分かった。

逆にそこまで残ってないので、江戸時代の書物に盛りに盛ったエピソードが増産される訳なのだが。
出自がそこまで残ってないので、本当に名も無き家から生まれたのだなあと、感慨深かった部分もある。

それでもそこから天下人となった揺るぎない事実はある訳で。
魂の年代で考えると、多分おそらく若年期だろう。
そこまでのバイタリティと派手好みから考える嗜好を見ると。
(でも派手好みは出自に対するコンプレックスの裏返しのような気もする。女好きも家柄重視だったらしいし。)
(血筋という後ろ盾が無い分、内外にそれを誇示する必要性あったかもしれない)

何段階目だろうか。信長の意向を汲み取ろうとする部分から考えると成人期に近いとは思うから後半だと思う。
役割はなんだろうか?
王とという程のスケールの大きさを私は秀吉に対しては余り感じない。(独断と偏見)
奉仕、聖職者も違う。(消去法)
戦士も違う。(水責め、兵糧攻めとかいったイメージが強いので、自身が屈強な感じがしない)
学者、賢者、職人のどれかっぽいなあ。
自己プロデュースに長けてたというイメージもあるので表現軸の賢者、職人が有力(どちらも演技するタイプ)か?

てなことを考えながら、今日そこに足を運んだ甲斐はあったなあと思った。