点と線と円
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お越し下さりありがとうございます



最近してたこと※7/31画像追加
アマゾンプライムで調子に乗ってガンガン動画を視聴してたらひと月の使用データ容量?
というものに初めて引っかかってしまい観れなくなってしまった。
ネットが繋がらない訳ではないが、無茶苦茶重たいのだ。ヤフーページすら読み込みに時間かかる。

動画って容量重たいのか。今まではそんなでもなかったのか。

今までYouTubeとかニコ動とか結構見てた気がするがそれでも1本が30分超えることなんて無かったし、そういうものかと問い合わせしたらオペレーターの人にその旨を無慈悲に宣告された。
それが20日にあった話。

一日には解除されるのであと少し。

その間にという訳でもないが鉛筆で絵を描いてた。
描いては消してを繰り返し、時間もゆっくりあるし焦らないで自分のペースでやってた。
やって分かったが私の集中力は1度には30分程、続けてやるには2時間が限度。

自分がこれが好きたと感じる瞬間は、描いててある瞬間から様になる時である。

描き始めとその道中は好きかと言われると案外そうでもないという事には薄々感じてはいたが、
今回はゆっくり色々観察をいつもよりしたと思う。
その度に発見が色々あって自分は何も見ていなくて見てるつもりだったのだなあと感じた。
発見するのは楽しい方である。
延々と間違い探しをしてる気分である。
素粒子の話ではないが意識をそこにあてて、自分という媒体を通して紙に写すというのはソレに近いと思った。
道中を楽しもうと思う。
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どっちを向いてるのやら
日々心をへし折られそうなことがあっても以前よりはダメージが少なくなってきた気がするのだが、
何で前はこんなにも苦しんでたのかと思い返せば我を張ったり、認められずに周りのせいにしたりしてただけで自分勝手にそう陥ってたのだなあと思う事が多くなった。
注意されたとしても、よくよく相手を見れば怒ってないし、単なる注意でしか無いことが殆どであった。
こちらの思ってた世界と事実は違うのだと最近思うようになってきた。

で、そうであっても今どこに自分が向いてるのか油断ならないのだ。

一昔前の音楽にまたハマったり、昔を辿り耽溺してるのだはないのか?昔の世界を懐かしんでるのではないのか?
と思う所があったりする。

相変わらず一部が自分の思うことと違えば全部がそうであると短絡する事もある。

昨日、寝る間際に言葉にならないイメージとともに野太い声で
『だいじょうぶか』
と聞こえた。幻聴であるが確かに自分の脳は知覚したのだ。
その『だいじょうぶか』も心配するような口調ではなく
『だいじょうぶか コイツ』
みたいな他人事のようなそんな感じであった。
こういう空耳は天使からのメッセージとか聞いた気がするが、もし天使であってもゴリラ顔であるような声であった。

クリスタルで占ってみたら魂の兄弟の会議?協議?の一部が漏れ聞こえたと出た。
私に言った訳ではないという。
何回か石を振ってみたら、内面の葛藤に気づけとか行動を起こせとか
選んで行動せよという意味が出てきた。

考えると(思考ともいえない思考)なかなか動かない部分を叱咤された気分であった。
絵について
私はこれはこれで自分の描く絵は自分で気に入ってる(ナルシストかというツッコミはさておき)
のだが、揺るぎない出来事が立て続けに起こりこのままではいけないという気持ちが猛烈に沸き起こってる。
詳細は省くが
・常日頃世話になってる友人より助力を請われたが成立ならず
・簡単なスケッチに時間が掛かりすぎる
それもこれも自分の技量の乏しさに因るものなのだが。

で、そんなことなど起こり、吉良さんの訃報を知り何となく吉良さんを描いたのだが、これはこれで良いのだがこのモヤモヤ感。
丁寧に描いたのは事実だし、真剣であったのは間違いない。
しかし、ハッキリ言ってこれでは吉良さんに失礼な出来だと感じてるのだ。
何かが違う。描写しきれてない。物足りない。何かが足りない。
ちゃんと勉強してれば良かった、というか、何を今まで学んできたのだ自分は。
という気持ちに陥り、じゃあ何かと考えたらデッサンだ。基礎が大事という考えに行き着いた。

当時(学生時)何にも考えてなくてただ闇雲に描いてて何となくデッサンしていたが
どうにも上手くいかないのはどうしてかと今考えた。

・だた何にも考えてない
・見えるものを正確に捉えてない
・自己流の解釈で描き進めるため
・先入観で捉えてる
・それを訂正しない
・ちゃんと観察してない
・詰めが甘い
・ボンヤリ捉えるだけで満足してる
(というか自分の思考の欠点の一部が見事に反映されてる)

デッサンはつまらない単なる作業と思ってたのだが、それは浅はかな考えであったなあと今更思い直す。
学生時の美術の細密画の授業のアドバイスで
「もっとよく観察しなさい」
と言われたのが身に染みる。

もっと言えば描くものに対してちゃんと向き合ってこなかったのだ自分は。
随分舐め腐った生き方をしてきた。
これでは描写しようとする存在に対して失礼だよなあ。
で、やるからには最高の技量で挑みたいものだ。と考えてる。
今からでも遅くは無いからやるだけやってみるかと思う。
(この熱量がどこまで持続するかとか、好きのパワーとかは知らないが)
心が優先
あの日一日は曲を聴いては泣けてきて、まあ実際泣いてそれでも聴きたかったので泣いてたのだが
本当に参った。
自分は今まで死とかにはドライであって感傷的になりにくい人間だと自己評価してたのでこの感情の揺さぶりには自分で自分がびっくりした。

こういう時はしょうがないので成るようになると泣きたいなら自分を泣かしといた。
そしたらスッキリした。

考えたら生涯を音楽に捧げられたのでそれはそれで幸せであったのではないか、
吉良さんについては音楽についてしか把握してないのでそれ以外は分かりようがない。
ならばその残った音楽を忘れずにいよう。
という所に落ち着いた。
以前ライブで生で聴いた事があったのは幸いであった。

そして訪れる第二次zabadakマイブーム。
こんな事があるなら処分するんじゃ無かったと思ったり思わなかったり。
以前の大掃除にて全部は処分してないが半分は処分した。
まあボチボチ探そう。

そしてこういう時にやはり品薄になるのは私のような人間が居るからなのだ。



吉良知彦


吉良知彦さん
まさかヤフーニュースで見かけた時は信じられなかったし、今でも信じたくない気持ちがある。
若すぎる、早すぎる、月並みな言葉しか思い浮かばないが、それよりも、自分が思いの外ショックを受けてるのがショックというか。
ひょっとして自分が生きてきた中で一番悲しい死だと感じてる。

私を創ってる確実な一部であったのだと自覚する。好きだったのだ。
もう新しい音楽とかギターとか歌声が聴く事ができ無いのがただひたすら悲しい。

よく好きなアーティストが亡くなってショックとか聞いてもピンと来なかったが、その気持ちが今なら分かる気がする。

新しい旅立ちが幸いであるように今は祈りたい気分です。吉良さんありがとうございました。

萌えどころ
スリーハンドレッドを観てからどうにも咆哮を上げたい気分になるので、そういう気質もあるんだよなあ自分。と自覚する。
集団スポーツが苦手と言うが、正確に言うと見境が無くなるのでチームプレイどころでは無くなるのだ。
うおおぉぉとなり、人に容赦なくぶつかり、ぶつかられ、後で気まずくなること多数あり。
仮に兵士だとしたら突っ走って自滅するタイプである。長生き出来ないタイプである。
しかし、それはそれでまあ良いか。
力こそパワー……至言です。

で、話は少し戻りアマゾンプライムの無料で視聴出来るのを漁ること数日。
結構種類があるのでその中でじゃあ、どれを選ぶ?というのに自分の個性が出ると考えた。

視聴したのは
プラネット・イン・ブルー
古代巨大建築物
ミュータントタートルズ
映画版クレヨンしんちゃん
砂漠は生きている

ドキュメンタリーものが好きである。
ミュータントタートルズはアメコミっぽい作画のやつを幼少の時に観た記憶がある。弟が稼働式の人形を持ってた。
今のはCGアニメであるが、カメ達が表情豊かで可愛いのだ。
蘇る幼少の記憶。ピザ好きで何で亀がニンジャ(忍者ではない)なのだとツッコミだしたらキリがないがそこが良いのだ。
スプリンター先生がかっこよくなってた。
ラファエロの武器がかっこいい。
私の観てたエイプリルは新聞記者であったが今回のは科学者の娘で可愛くなってた。
昔楽しんで観てたテレビ番組を観たら癒された気がする。

クレヨンしんちゃんの映画はちょっとネタバレ見てしまったが、映画に取り込まれてだんだん元の世界を忘れていく様に
今いる自分の世界を重ねた。
本当の自分を忘れて環境に慣れて疑問を持たなくなり、それが普通になってしまうのだ。
(新地球、境界線、旧地球、何処に居るのか?)
映画では時が動き出しエンドへと向かうのだが、子供向きの映画と言えども、侮れない内容なのだ。

クレヨンしんちゃんと言ったら、母親があまり良い顔をしなかったなあと思い出す。
同じく良い顔しなかった北斗の拳とか、珍遊記(漫画)とかを弟と私は喜々として観たり読んでたが、
北斗の拳は残虐描写の為、珍遊記はその作画の為母には理解できなかったのかもしれない。
しかし、分からないからといって別に捨てられたり、禁止はされなかったので
世には漫画やゲームを一切禁止する家庭があるというのを考えると。
それぞれの趣味には寛容であったの部分は良かったなあと今思った。
スリーハンドレッド
そういや、アマゾンプライム入ってたので、割に映画が見放題であるがその事を忘れてた。
ヒュパティアも観れるのだが、イマイチ手が出ない。
そもそも私には映画を鑑賞するという習慣が無いので観るまでのハードルが意外と高い。
(思い返せば私以外の家族はしょっちゅう映画とかレンタルしてるのだが私だけ興味が無い。)
それでもちょっと興味があって観てみようかと思ったのがあった。
300スリーハンドレッドである。
(スリーハンドレッド、ヒュパティアは有料レンタルである)
面白かった。
映画を余り見ないので比べる指針が余り無いのだが。
ストーリーは単純明快、無双シーンは圧巻の一言。
レオニダス王について行きたい。
ペルシア軍もこの話では敵役だけど嫌悪感は無かったし、黒目がちなクセルクセス王も可愛いと思いました。

盛ってるとは思うけど、当時の兵の戦い方も見れて良かった。
ファランクスってああいうのか。
来る敵の形態によって陣形を変えてたりと、その辺を知れて良かった。

しかし、当時のスパルタ兵って本当にあんなに裸っぽい格好なのだろうか?
と思ったらやはり色々脚色されてるようで。

映画長いし、長時間観てられないとか毛嫌いしないで面白いものは面白いし興味を持った物はチェックしてみよう。
ロッドの感触
前よりはロッドが回るようになり、トランプなどを使って当てる練習をするのだが、精度が悪い。波がある。
となると、何が何でも当てなきゃとか、精度が悪いとまだ、まともに質問する段階ではないとか、正解を出す方に拘ってしまい、
視野が狭くなってるように感じる。
そうなると当たらなきゃ面白くないし、モチベーションも下がり、何の為にやってるのか見失ってしまう。

どうにも正解を出す事にこだわる自分がいる。
ロッドに限らず日常のあれこれに。
正解がハッキリ分かることなんてのは起こる事柄においてほんの僅かだなあと思い返す。
その正解でさえも、視点を変えればまた別という事なんてザラなので、保留力が欲しいですと思った今日この頃。
焦ってもしょうがないとは思うけど。