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お越し下さりありがとうございます



色々
悪抱くと、問題集と立て続けに発行し、解答編、添削、集団鑑定……この短期間にこの仕事量。頭が上がりません。

ついて行くのが大変でヒイヒイ言っておりますが、これはこの時期にしか味わえない経験と思って参加してます。

問題集の解答はギリギリで提出。間に合ってよかった。
学生時代のテスト期間、課題提出の心境を思い出してましたよ。

問題の添削、集団鑑定の結果について。
結果は
思考力5 判断力6

思ったより上……というのが感想。

というのもこのところ自分の思考力、判断力の無さに仕事でヘマをしては周りに迷惑をかける、へこむ、普段どうでもいい事に対して揺さぶられる。
というへなちょこっぷりにトホホ……となっておりましたのです。

そして自覚する添削と集団鑑定への恐怖心。
良ければ嬉しい、悪ければへこむ。そんなところがやはり自分にはあり、
その良い悪いは過去、似たような状況において『良かった』経験がベースになっており、
その過去を今に投影しその『良かった』基準に届かないと、ダメだ……となる思考パターンがある。
だから、その過去の良い悪いに縛られて身構えてしまうのだ。

それってつまり、過去に生きてるようなものだし、しょうもないなあと思った。
今、現時点での参考評価であるのに、何を気にしてしまうのだろう。

頭では分かってはいるのだが、まだその考え方はまとわりつく。

添削のアドバイスは的確だ。
言葉の選び方、似た言葉においてどちらがよりふさわしいか、もっと適切な表現はあるか。
余分ではないか、必要な情報は含まれてるか。
質問に対して的確に解答してるか。

それでも、今回は結果諸々をいつもより冷静に見れたと思う。
これでやっと、この位置なのである。

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欲しかった情報
今日自転車で街中を走ってて、いつも通る道にアイビーと、どくだみ等等と鬱蒼とした中心に木が植えられた直径5メートルほど?の緑々しい一角がある。
普段は大体信号待ちでその間はそこを眺めてて(あ~緑だ~ドクダミの花が咲いてるな~)などと思ってるのだが
今日は見慣れない花が咲いてるのが気になった。でかい。あれはなんだ。

鬱蒼とした葉っぱから1mほど上にスッと伸びて先端に鈴蘭を大きくしたような花が先端にかけていくつも咲いてた。

その数日前に読み応えのある花のサイトを見つけててリンクしておこうとブックマークに入れてたのだが、今日見たらトップページがその知りたい花の写真であった。
探す手間が省けたというが、タイミングが良くてちょっとびっくりした。

なんとなーく思ってる事が手元に来るのだなあ。
周囲の素直な人
最近、父が結構素直な人間なのではと思うようになった。
確かに私の理解し難い行動もとるが、基本自分の思う事に対しては他人がどう言おうとも行動に大体移してる。

数年前、職場の社長の2代目(驚く程仕事ができない)に我慢ならずキレて仕事を辞めたことがあった。
母は、あともう少し仕事を続けてれば退職金が手に入ったのにと、口惜しそうにぼやいて、一時期そればかりの愚痴を言ってて、私も当時それに賛同して、どうしようもない奴だと憎かった時期があった。

今、思い返せば父のとった行動は非常に人間らしい、人としてマトモな行動だったと評価するまでに私の考えは変わってる。
金の為、生活の為に嫌な事をいやいやして人生消化して生きるのと
そこから離れて自分の納得する生き方をするのと、
どちらがマトモな人間のする事なのか。

どちらが正しいという訳でもないし、もっと出来た人間だったら
どうしようもない人とも上手く折り合いつけて自分の生き方を実践することも出来ることもあると思う。

まあ、つまりは我慢したくないから後者を選んだのだろうと今は推測する。

仕事を探したりそれはそれで苦労してるが、基本今は好きにやってるし、そういう生き方もありか。
その分、連れそう母が苦労してるが。
収入が少なくなったといっても食うに困る訳でもないし、時間は戻せないし、しょうがないなあと思う。

しまったこれをQ9の解答に使えばよかったと今更思うのである。
えがった。
シンブルを贈った友人、暫く職を求めてイロイロ大変だったのだ。

手紙とそれを送ってしばらくしたら、ようやく決まったと連絡があった。
えがったえがった。

因果関係はさておき、そういうこともある。

彼女から、書簡が届いたが、文字が前より柔らかくなってた。
気持ちに書く文字は現れるのだろうか。


赤子のような心
悪抱く19に取り上げてくださってありがとうございます。

波動と波動量の違いは分かってるつもりでしたが無意識に混同してました。
これまたちゃんと目覚めてないからか~あちゃ~です。
今確認したらがっつり波動量と書いてました。訂正します。
Nさんの波動5段階は量は関係してなかったですね。
波動量は精神成熟度にむしろ関連性があると考えてます。



そして考える素直さ。
生まれ赤子の心。
これはしっくりくる。

私もいちいちうだうだ考える割に行動しないという選択をとる傾向にある。
無意識勝手に出来ない、しない理由を採用してしまうのだ。
なんだかんだで思い込みやら、リスクの回避のため心が不自由なのだろう。
自覚するなら行動から変えてみよう。

普通から素直じゃないに落ちたとき、必要以上に自分より他人の心が異常に気になった。
他人のことは考えても分かりようがないと散々言われてきたが、まだ囚われる。

どうも私は人とのやり取りを避ける傾向がある。
こう言ったら自分は面白いけどそっちは引くだろうなあとか、うっとおしいとか思われそうとか。
それによって傷つく自分が嫌。と、勝手に思い込んでるのだ。
そこまで繊細な人間では無いだろうに。
なんかあったらそれはその時で、こちらの判断力、思考力の問題だろう。

アイヌの
自分で自分を育てる
という言葉。
可能性を感じた。

もっとリラックスしようと思った。


道のりは長い
自己の肯定は前々からの自分のテーマであった。
このところちっとは知恵がついたせいか(頭の先というのがポイント)影を潜めてたのだが
ちょっとつつかれるとぶり返す。
ということが分かった。

自己の肯定。
自分に対する自信はどうしたら身につくか?

よくあるパターンは
・成功体験に基づく自信
・根拠のない自信

と物の本に結構あったと記憶する。

この2パターンで考えるなら
・根拠のない自信
というのが素直判定に必要だと思う。

成功体験の自信はどうも目に見える成果を拠り所としてるのでそれ留まりだと考える。
しかし、そこから根拠の無い自信にシフトする事も十分にありえるので一概にとは言えない。

というか、この二つは同じ自信でも性質が違う気がしてきた。

例えば
強い、頭がいい、努力して成功した、勝った、
から自分に自信があるのと

それらを持ち合わせてなくても、傍目から見たら何も持ち合わせてないような人であっても
卑屈にならず、ちゃんと自分を認めて自立してる。

のでは違う。
質の良い自信は後者だ。

じゃあそれはどうしたら身につくか?
よく聞く話は親の育て方だ。
愛情を十分に感じて信頼されて育った人間はその傾向があるという。

じゃあ私がこんなんなのは親のせいだ。
と拗れ荒んだ時期もあったし、まだそこから完全には抜けてないけど(親と子供の愛情と信頼の感覚の相違が大きい)
だからといって自分がこれから根拠のない自信を得るのは不可能という訳でもない。

てなことを考えて、自分への信頼というのは信仰のようだな。
と、色々すっ飛ばして今のとこをそこに着地する。
その心は
その美人度の鑑定結果はその時はもちろん、自分は周りを怪物とは思ってなかったし、この状態が普通であると思ってた。
ただ、そのような結果をもらって、じゃあ何が自分の何が怪物なのかと考えた結果、そういう視点であったと気付かせてくれた。
『あなたはその状態が普通と思ってるようだけども、こっちからあなたの目を通して見た世界は魑魅魍魎が跋扈してるようだ。そこに居たいなら邪魔はしないけど、もっとイイ感じの世界もあるんだよ。』
別に高次宇宙存在は私を凹ませようとか傷つけようとかはしてるのでなく、もっとイイ感じの世界がある。
と、教えてくれてるだけなのだとそう思い至る。
だと思うと、なんだ、いい奴じゃん。
と、今更ながら見えぬ存在に思いを馳せる。


仮の話
波動量
素直さ
美人度

とあるが、これらは関連してお互いに影響し合ってるという傾向がある。
ソースはその集団鑑定をした3/5の対象者53人の傾向と、感想送ってくれた方々の結果を見た感じ。であるが。
もちろん例外もいて、2か月前だとNさんの鑑定の精度も上がってるだろうから完全に正しいとは言えない前提ではあるが。

3/5の話で語れば
素直判定の出た人は全員 超美人
素直じゃない判定の出た人は ブス
とはっきり出てた。

どっかが抜きん出るとかいう結果もあったが、例外なので人によってその要因は色々あるっぽい。(低級霊の干渉など)

何を言いたいのかといえば何処かが上がれば全体が上がるし、逆もそう言える。と確認である。

じゃあどこ重点的に考えたらいいのか?
3つとも関連し合ってどこからいっても良さそうだが。
悪抱くでは素直さがポイントとあった。

波動量を上げるのと美人度はイマイチ掴めないが素直さ。ならば私でもとっかかりがある気がしたのだ。


これは私の今回受けた結果の感触なので参考程度に読んでもらえたらなのだけども、
素直さはどの程度自己を信頼してるか?その度合いのような気がしたのだ。



素直じゃない人は根本的に自己に信頼を置いてない。
だからちょっとしたことに動揺して感情が揺らぐ。
自分の気持ちが本当か信用できない。
恐怖心が湧きやすい。卑屈になりやすい。他に依存しようとする。
自分を信用できないから人を信頼できない。だから人からの語りかけに素直に聞き入れられない。疑いの心を持つ。
猜疑心で心が不自由。
だから心が楽しくなりにくく波動量訂正:波動もイマイチ。(※自分の感触)

普通の人は普通に今の状態の自分というものを受け止めてる。

素直な人は、更に自分の未知の部分に対しても信頼を置いてて可能性は限りない。と疑いもなくそれが当たり前になってる。そういった心持ちだったら生きてるのが楽しい循環に包まれるだろう。

程度は様々だけどもそんな違いがあるのでは?と感じた。



美人度。
これは高次宇宙存在から見た精神?魂?波動の形?その美醜と考える。
私は高次の目(あるのか知らないが)から見てどういったモノが美しいとか醜いとかは分からない。
しかし、私の見える世界で美しいもの醜いものは混在してるし、無意識にその判定を下してる。
ある時はそれが美しく見えたり醜くみえたり、同じものでも見方によってもコロコロ変わる。

私は怪物判定が出てるのだがこのところ人に対して恐怖心や猜疑心を抱いてた。
思い通りにならない、不快な存在、得体が知れない厄介なもの。
つまり他人に怪物を見てた。
鏡の法則がある。つまり、自分が怪物のようだから他が怪物のように見えるのだ。
実際はどちらでもない。
しかし、自分が設定したように世界は在る。
さて、怪物から見た世界はどうなのか?

超美人判定の人はその逆であると思う。
あらゆる部分に美を見出す。(それを意識的にやってるのでは無く感受してる)そして、そういった人は美しい。
陳腐な表現であるが、《世界は美しい》と潜在意識まで染み込んでそうなのだ。


高次宇宙存在が見たその人の美醜。
というのは、その人がこの世界をどう見てるか。
そうとも言えるのでは?
と提案しておく。

そんな事を考えつつ、やるならやっぱり足場から。
まずは自己肯定から。との方向性を今の時点で出しておく。

ショック療法
悪抱くに提示された問題に解答したら、サービスでNさんに鑑定してもらえた。
そんなサービスしていただけるなんてありがたいと思うのと同時に不穏な気分。

結果、○、素直じゃない、怪物でした…よ。

その結果の衝撃を味わうこと小30分。
やっぱりと思う気持ちも小30分。(堕ちてる自覚はあったのです。これで上がってたらオカシイと自分でも思う。)

心の何処かで追い詰められないと分からない自分が居ると気付き、
マゾ臭いがこうなる事を望んでたんじゃないかと思う自分に問い詰めること小一時間。

なんだかんだで妙にスッキリした気分になる。

これでこのままこの状況を知らずに進んでたらもっと悪化してただろうし、ちょうど良いタイミングで教えてもらえたのだろう。
鑑定結果は自分の受け方次第であって、実施した方々に感謝こそすれ、知らなきゃ良かったーとかは無かった。

ちょうど忘れかけてたトラウマも思い出した。
何事にもそれが起きる理由ってのがあるのだと実感した次第です。
未満
今回悪抱く17を読んでひとつ自分の考えを修正できた。
前々から
(なんだよー宇宙連合ーそんな凄いならちゃちゃっと皆身体変容してくれよー上の人たちだけと言わずー)
とか不躾にも思っていたが、それは自分がそもそも一定の水準であるとの思いから来てた考えだった。
そしてそれより上に行けた人が対象になるのだと。

実際は、その存在の定義する“ヒト”未満であるといのが自分であるというのが実状だとやっと腑に落ちた。
ゼロ以下。
生まれたてはその位置にいるのだが、この社会にまみれてどんどんマイナスの方向にゆく。そんなイメージ。
(それが良い悪いではなく向いてる方向性)
これは自分だけでは気づきにくい。
目に見える他からの指針というのがそこに考えを発生させてくれる。(盲信も否定でもなく考えの目安)
集団鑑定の内容がどんどん進化してる。
精神成熟は自分と他との差が比較しやすい。同じ出来事でも心の在り方がこうも違う。
数字の概念は便利だ。

どうも一足飛びには行かなそうなのでやはり、地道に行くのが一番の近道ということか。