点と線と円
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お越し下さりありがとうございます



入れ子の関係
どうして上の存在が地上に生きてる人間を救おうとするのか。
向上を促そうとするのか。
改めて今まで不思議に思っていた。

そういう存在だから…矮小な人間如きの理解を遥かに超えてる。無知を自覚してそれを学べ。
そんな風に考えてた事もあった。

ここで多少知恵が付くと身近な人に対して
(あ~あ、苦しいだろうなあ。こういう事に気づけばいいのに。しかし伝わるか?惜しいなあ)
とか、そんな気持ちが沸くことがある。

上の存在はそれの更にもっと上位互換バージョンだと思う。
上なのでやり方はものすごく壮大に計画が練られてるに違いない。
対象も今まで生まれた命 これから生まれるあらゆる命が対象。
懐はとっても深い。どんな人でも向上のチャンスをくれる。

が、しかし、あまりにも物分りが悪いと……と、悪抱く15にあった。

そりゃそうだ。向上したいと意思表示してるのに行動が伴わないしそれが続くとなると…温厚な存在もキレるだろう。

ここは恵まれてる。色んなフォローが入ってる。
そこまでやればとっくに身体変容してる人が増えてるに違いない…が、実情は違うようだ。(ようだって他人事ではない)

条件がどんどん厳しくなってる。★波動もインフレが……
始め★5が最高の頃が懐かしい。
まだどんどん情報は更新されてて底が知れない。上にも下にも。
付いて行くのも大変だがそれだけではダメなのだ。
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類友
長年コンスタントにメールのやり取りをしてる友人…がいるが不毛さを感じる様になった。

そりゃあ地元離れた私にとって拠り所にもなった事もあったし、楽しいこともあった。感謝はある。
が、時が流れれば環境人の心、変わらずにはいられない。

そもそも、マメな連絡とは必要か?文字が多ければ返信の回数が多ければその人の心に寄り添えるのか?
…それは絶対ではない。
メールが途切れれば消える関係なんてその程度ではないか?何でそんなに執着するのか?

私のメールの内容は噛み合わないどころか一方通行な事を語り(主に返信が遅い私のせいだが)
それで今まで続いたのだから類友である。感覚がマヒしてた。
いや、あちらもそこは飲み込んで付き合ってくれてた部分もあるに違いない。
私も何も考えずにヘラヘラと適当な対応をしてきた。

が、それも潮時かと感じる。
なあなあのやりとりをしてて楽しいわけでもなく、本音を言っても理解されず、
学生の時のような気分を求められてもそれは無理だ。

つまりは言いようのない溝を最近強く感じるのだ。

どっちが正しいというわけでなく、心のあり方や方向性の違い。それであろう。

時々やりとりしててもこの分からず屋め!と、ほの暗い感情が湧き むかっ腹が立ち しばき回したくなる。
というか、最近なった。気の毒とも思ったが、非常にしばき回したい。

鏡の法則という言葉を思い出す。
相手のしばきたいと思う部分は自分でつつかれると痛い部分。
そう確かに、自分の物分りの悪さ、思考の無さ、依存心など。自分でも嫌になる。
それを身近でやられたら心中穏やかでない。
叩き潰したくなる。
しかしそれをしてたらせっかく学ぶチャンスを逃してないか?とも思う。

どちらも自立が必要なのだ。
私は変わりたいとおもってるが、あちらはそうではないらしい。
そもそも置かれてる状況の自覚が乏しいように映る。
指摘しても謝られるだけ。不毛と思うし、気の毒と思うし、しばき回したくもある。そんな段階の心境。
ロッドさん
遅ればせながら、ようやくロッドを入手する。
どうにもこうにも自分で確認するツールが要るという事をようやく理解する。
今までは、他人頼みだったが、自分で確認しなきゃならん事もあるしそれでしか得られる答えも無いだろう。
質問も思考の整序に役立ちそうだ。

早速、手にしてみるが、何もしてないのにプルプル揺れて質問どころでは無い。難しい。
ロッドは技術と言ってたが、訓練が必要なのだ。
集中力の無さか。息を止めてやっと停止する。

しばらくロッドと添い寝する日が始まる。

あの時
あの時を改めて振り返ってみると、とりわけ酷い仕打ちをされたか?そんなに理不尽であったか?
と考えてみる。

思い返せばそうでもない。
普通であり、むしろ良いこともあった。
私に対する指摘や叱りは至極まともであり、尤もな内容であった。

となると、やはり自分の心がただ地獄であったのだ。
なぜ地獄になったのか。
今までの些細な積み重ねがとうとう顕在化したタイミングと思う。

人との普通のやり取りに疑心暗鬼になり、どうでもいいことに思考を巡らし落ち込む。
苦しいこの状況をどうにかしようともがく。
当然、周りを冷静に見る余裕なんてない。
頭の先で分かりやすい、安易な方法、情報を鵜呑みにしてますます深みにハマる。
自分は何か凄い能力を持ってて今はまだ本番じゃないんだ。という妄念にとり憑かれてた。

しかし、自分が今までやりたいと思って事が本当は違う……やればやるほど苦しくなる。これはおかしい。

自分は誰でもなく何も無い。

という事実に行き着いた時、なんだ。と力が抜けた。
楽になった。

全ては自分で一人相撲を取ってただけなのだ。
そういうことが分かるようになっただけでも私としては大きな収穫だ。
パソコンに残ってた黒歴史も無駄にはなるまい。
2年ぐらい前
パソコンのデータを整理してたら2年ぐらい前の日記もどきが出てきた。
今はこれはこれで落ち着いてる方だが、この時はひどい状況だった。
といっても、自分の中でのみ。

主にこれからの生き方に対する不安や焦燥がダイレクトに綴られたおり、いわゆる黒歴史と行っても過言でもない。
というか、想念が悪すぎる。

自分の事ながら、これは引く。
読んでて気分が悪くなった。

自分の事しか考えられず視野が狭くなっており、他の誰かの価値観に縛られて追い詰められてた。

その時はどうにもこうにもなる気がしなかったが、それから2年ほど経って、今がある。
そう思うと、こういうこともあったよなあ~と、アホな部分が愛おしくも感じられる。

周りの状況はそんなに変わってないけど、少しは良くなった。
視点が広がり、良い事悪い事にこだわらなくなった。

まだまだ道の途中なんだろう。
と言っても、モタモタしてられない。

色の色
黄色緑

お客さんにこの色は何色かと聞かれて悩んでしまった。
黄色のような黄緑のような色だ。はっきりと断言できない。
光の加減によってはどちらともとれる。
というか、見えてる色がその色であって、色の名前なんてこの場合あまり意味がないように感じた。

しかしその人はどちらかにこだわってた。
結局、私の曖昧な黄緑っぽいという言葉を受けて、黄緑ならば好きではないという判断を下した。

どちらとも取れることを勝手に判断を下して物事を決める。
きっと私が黄色と言ったらその人は逆の判断を下した可能性もある。

色は先にあって名前の概念は後だから、見たまま感じたまま捉えたいものだ。
心毒
とある人相を観る人が書いてるブログがあるのだが

眼はごかせない
口はごまかせる。
ただしふとした時に口が歪む事がある。

そういった人には心毒があるらしい。

心毒とはなんぞや。
調べたら毒心という言葉はある。
三毒というのも出てきた。

妬みや嫉み劣等感からくる敵対心みたいなものか?
というのは三毒と繋がる。

そういった情報を仕入れたのでちょっと口を観察してみた。

すると、たいていは普通なのだけど喋ると変な歪み方をする人がいた。
無意識っぽい。
そんなに親しくないが少々言葉にトゲがある。……気がする。
その情報だけではその人を判断できないが。

無意識の表情というのは侮れない。
かくいう私はそうだろうか?心毒が無いと言えるか?
ここで少々知恵がついたぐらいでいい気になってはないか?
たまに、口が歪むことがあると自覚する。
心に毒がある人物が素直と言えるだろうか?

私は今は知らないが昔はよく口をポカンと開けていたらしい。
その様子をいわゆる間抜けヅラと揶揄されてたわけだが。
それは合ってる。その評価は正しい。
実際私はマヌケであったからだ。当の本人のみその事に対して不満ではあったがとくに深く受け止めず(そこらへんが意識寝てる)聞き流してた……という事もあった。
何も考えてない…しかし生きてる状態。これはなんなのだろう。夢遊病者かゾンビか。
その時の記憶がとてもおぼろげなのだ。現実感が無い。
この時の状況を表すならば死んでないだけで生きてない。
こういった私を生かしてくれる世界を用意してくれるんだからこの世界はとても懐が深いといえる。

けども、あの頃には戻りたくないなあ。

しかし、こういったわかる方向性のための情報を知ってみると、
これを生かさなければならない義務感みたいなものが芽生える。
ある意味知る事に対する対価か。
誰に頼まれたわけではないがなんとなくそういった気持ちが強く湧く。
立場変われば
最近仕事場で休日のお問い合わせメールの対応をする事がたまにある。
ネット関連の仕事は特にあちらは私に頼もうと今までしなかったので
私にとっては“まあそのぐらいの対応ならば出来るだろう”と判断された。
という事にしておく。

今までヤフオクやら注文メールするとか“する側”しかした事が無かったのでこれはこれで新鮮だ。
頭も使う。
とても難しい。

たががメール如き……
注文メールで今まで学んだんだ。ヤフオクも一応3桁の取引はあるぞ。
と、少しなりとも自負はしてたが、これは全然ベクトルが違う。
今まではこっちの要望を一方的に伝えてれば良かったが
受ける側となると、相手に対して適切な態度を取らなければならない。

そして、相手の段階も様々なのだ。
これは本当にそう思った。
まだ少ししかやってないが、これはしみじみ感じた。

適切に必要な情報を整除して過不足なく送る人もあれば(天晴れ!)
勘違いしたり、情報少なかったり、やり取りに手間取る場合もある。

その勘違いも何を勘違いしてるのか、必要な教えて欲しいことを少ない手数で聞き出すのも経験が要るなあと思った。

とにかく、やってみてみると色々失敗もあるが得るものもある。
こちらの予想外の要望を出されたり。やってみないとわからないことなのだ。
LINEでのお問い合わせもやっている。
最近の子はこれが普通なんだなあ……

そして、このお問い合わせは仕事の一連の流れの一部であり、導入でしかないのだ。
本番はその後にあり、また別の人の力を借り、満足してもらう。そこで一区切りなのだ。
仕事って大変だとひときわ思うのである。

しかし、これって電話してもらえばすぐ済むよな……とか思わないことも無い。
犯人探し
件の窃盗犯……と思しき人物(確定ではない)
再び来ましたよ。
なんたる大胆不敵。それほどこちらを舐めてるとも言える。

この前見た映像もあちらはカメラの位置を把握してるのか顔が絶妙に映らない。(私は犯行現場にて犯人の顔を見てない)
分かるのは性別、大まかな年齢、髪型、メガネの有無、体型、服装、歩き方 など。
(にしては大雑把な犯行である。だからこうして証拠にこちらが気付く事が出来たのだが)

今日見た人物を見て思い出した。数ヶ月前も窃盗があったのだ。
しかしその時は救い難いアホだったので被害額もたいしたことないと特に考えずに放置したのだ。
それがその人物。
その時一度声を交わした。その時は人当たりのいい好人物……という印象を大抵の人は抱くような人であった。
覚えてるのは幸いだった。

もちろん、断定は出来ない。が、数ヶ月前の犯人は確かにこの人物であった。
そして今回のもかなりの確率で同人物と思う。(悲しいかな私が言うと説得力が無い)
もちろん別人物という事もある。決め付けるのは危険だ。

目が合ったら早々に店を出て行った。
別の店を物色してる。店員さんが話しかけてしばらくしたら店から離れた。

気のせいかもしれないけどその移動ルートが絶妙に監視カメラの位置を外してるのだ。

この前見た監視カメラの映像の人物の特徴に合ってる。
気になりもう一度確認する。決定的証拠も無いけど違うとも言えない。
最有力候補として頭に入れておこう。

しかし、経験から言って、一見不審人物と思わしき人ほど意外とまともで
今回のように善良そうな人、異様にノリのいい人程とんでもない本性が潜んでいたりする。
見ただけでの判断は出来ない。
私の人の見る目はアテにならないのだ。

で、さてこの人物が怪しいと言っても私が勝手に捕えるのが難しいのだ。人権だか何だか。
現行犯でないといけなくてしかもその時、任意同行でないといけない。
しかも下手に騒げば逆にこちらが訴えられるケースもあるのだかないのだか。
どっちが被害者で加害者か。法律とはなんなのだろうか。やってらんねえなあと正直思う。

今のところ出来る範囲と言えば周辺の店に注意勧告。防犯カメラ。
月並みながら目覚めた意識で事に当たらないといけない。この人物だけだはないのだ。
かといって来る人全てを疑わず感情的にならず、ここは普通に仕事しないといけない。

さて、この人物、ここで盗みが出来なくなったらまた別の店を探すのだろうか?
そして別の店に被害が。こんな事辞めりゃあ良いのにと思うが。捕まるまで止まらないだろう。
匿名でタレコミとか出来るだろうか?しかし名前も知らないしなあ。
正解とは
定義と分類の記事で、正解とそうでないものが公開された。

私といえば
おかずはご飯のお供……程度で考えるのをやめてしまった。
のはさておき。

私は解答を読んで仮に正誤を逆にしてコレが正解だ。と提示されたらそれを信じてしまいそうだ。

つまりは、私の中では 正誤や、より近い正解との差が曖昧だなあと思った次第です。
なんでこれが正解でなんでこれが違うのか。そこを考えるのが抜けてしまう。
で、なぜにコレが一番の正解かと考えると、
おかずとそうでないもののハッキリとした差が主食が絡むかそうでないかの一点に集約されてるのが分かりやすいから。
誰につくるか誰が食べるかは、おかずと料理共に言える場合があるといえばあるし。

でも、料理の一部におかずというカテゴリが入ってる気もするし。
『NHKきょうの料理』なんかはおかずを料理として紹介する場合もあるだろうし。
この場合の料理は料理名の意味合いが強いと思う。

ああ、でも辛子明太子はおかずとは言うけど料理とは言わないか。
ハンバーグは料理ともおかずともも言える。
で、「ハンバーグをおかずにご飯を食べる」と言うからやはり、その言葉の属性としては主食の有無が大きな差か。

という事まで考えた。