点と線と円
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お越し下さりありがとうございます



滅多に無いことなのだが、この間階段から足を滑らせて2、3段落ちてしまい、
左側の肘を強打、左の尻と背中下方も打ち付けた。
この足の滑らせは奇跡的な条件が整って起きたことだと思う。

まず、時系列としては
1:その日の朝出るとき天気は別段悪くなく、問題なしと判断していつも履きなれてたスニーカーではない靴を選んで履いて行った。
2:その後帰宅時には雨が降ってそうだったので置き傘を持って帰路に着く。
3:ポストから回収した郵便物に気を取られながら階段を上る。
4:うっかり傘を階下へと滑り落としてしまう。
5:2,3段の高さからだったので階段を降りずにしゃがんで取ろうとする。
6:足を滑らす。
7:肘を強打。とても痛い。

という流れになる。
どれが欠けても成立しないこの転び。何か因果を感じる訳なのだけども。
何というか、とても悲しい気分になった。。。
目撃者の居る転びも切ないが、独りきりで転ぶのも精神的に来るものがあった。
というか、転ぶのってとても痛いのですね。
衝撃が脳にもきててキーンと音はするは視界がぐるぐるするわで、コレが脳震盪というものか!と要らぬ経験を得ました。
これは痛い。と、改めてそう思ったので、これからは少し人に優しくなれそうな気がしました。

で、問題は肘の強打。
無理に曲げたり伸ばしたりすると明らかに痛くて曲がらない。
みるみる腫れてくる。
ネットで処置を調べる。
とにかく冷やして圧迫して、心臓より高い位置にして安静に。
とのことだったのでそうしておいた。

で、次の日折れてはいないがヒビ程度入ってるかもしれぬ。
との疑惑が濃厚なので病院に行ったのですが、別にどうにもなってなかったです。

良かったとホッとしたと同時に、では私は只の打撲にぴいぴい騒いでいたって事になり、自分は大袈裟なチキン野郎だったなあと思った訳です。
しかしまあ明らかに動かすと痛いので暫くおとなしくするとして、何でコレが起きたのかと考えるのですが、
怪我が起きるのは何かしら不調和が心身で取れてなかったというのもあるし(実際この所、悪想念にハマってた)
足を滑らす。は、まんまちゃんと地に足を付けてない今の状態を現していて、油断してる事を表してると思う。
肘の負傷は肘を張る、との言葉があるように威張ったり謙虚さを欠いてる状態、
気を張りすぎていて過度に力が入ってる状態、
を表してると思う。
心当たりがありすぎて耳が痛いです。

てな訳で痛い警告という事で肝に銘じておくことにします。

一見痛くて身に起きた不幸な出来事ぽいけども、打撲だけで済んだし時間が経てば治るからまあいいか。
むしろ話のネタになるし、身を振りかる材料になるからこれはこれで良いかなとも感じる。
日常の所作が丁寧になる。何とか工夫しようとする。という事もある。
本当は痛い目遭わないで分かれば良いのだけども。


そういえば、病院行って薬を薬局で処方するように言われたのだけども、出されるだろう薬は
ロキソニン(痛み止め)と、その薬を飲んだ際に荒れる胃を保護する薬、あと傷薬であった。

痛みは無理に動かさなければ痛くないので、ロキソニン要らんなあと思い、
そうなると、その胃の粘膜の保護の薬も要らなくなり、
傷薬に関してはこの件に関しては外傷は殆ど無いので必要無い。
これ飲んで治りが早くなるなら飲むけど、そういう事も無さそうなので薬は取りに行かなかった。
料金にはキチンと処方箋発行料なるものが記載されていたけども。
医者と薬と金の流れの闇を感じる。
いや、この件(打撲と骨折)がハッキリと分かって私は安心したという意味ではとても助かったのも事実。
そういう意味では病院には感謝しとります。
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モーニングページ
オリオンズゲートのいつぞやに美肌に関する記述で、腹に溜めないにはモーニングノートを実践してるとの事でネットで調べたら
モーニングページというものが出てきた。
多分同じものだと思う。
ついでに提唱者の本も出てきた。評判が良いので入手して読んでみた。

良書だと思う。あちらの方はメソッド的な手法を作るのが上手いと思った。
万人皆が皆に当てはまる内容ではないとは思うが、私としては思い当たる内容が多く、為になった。
上手く自己表現出来てないと感じる人に対してはこの本は試す価値はあると思う。

しかし、今までの冊子の事や問題集をよく理解出来てれば、必須ではないとは思うが……
私の感触としては、本の内容を実践する程度に下地が作られるには冊子問題集は必要だったのだと思う。

しかし、自分の今やってることをブログで公開すると飽きてしまう事が自分にはあるのでどこまで続けられるのか。
とりあえずやれる所までやってみよう。

何故続けてた事を公開したら辞めてしまうのか、気分的に萎えるという方が的確か。
それで気が済んでしまうのか、何なのか。
そんなこんなで自分はイマイチ一つを突き詰められない。
そのあたりの原因も分かればいいと思う。
ウンザリ感
知人より置き引きに遭った。と言われた。
スーパーの買い物時に自転車に荷物を置きっぱなしにして、そのような目に遭ったそうな。
その時の私の心の第一声は(またかよ!)である。

同情心が1ミリも湧いてこなかった。むしろ怒りを感じた。ウンザリした。ハッキリ自覚した。
というのも、この人より
”落とした””無くした””盗られた”はかなりの頻度で今まで報告を受けており、初期の頃は同情心も湧き慰めの言葉などもかけたしたと思う。
我ながらとんだ甘ちゃんだなあと当時を振り返り思う。

で、何でそこまで同じ自体を起こすのだろうかと考えたりもする。
そもそも何で自転車に置きっぱなしにしたのかと聞いてみたら
「そんなことする人が居るとは思わなかったから」
だそうだ。
しかも、置きっぱなしにして場所を離れようとした時に親切な人が「ちゃんと持っていったほうが良いですよ」
と、忠告もしてくれたそうなのだ。
それを無視した結果がそれであるからもう、これ以上話すのも億劫になってきた。本当にバカバカしい。

本人の思う「そんなことする人が居るとは思わなかったから」は、自分を善人と過信しているからであって、
他の人もそうであろうという憶測から実際そういった行動を起こしたというのであろうが、自分を善人と思うとは随分傲慢だと私は思う。
という善人批判をする自分も大概傲慢であると思うのだが、
私は今の所、大抵の人は程度の差はあれど傲慢であると思っている。

しかし、そういった人に「アナタ、自分で自分の事良い人と思っているでしょう」と言った所で受け入れられないし、
かといって、同情心が湧かないのに慰めなんかしなくないので、適当に相槌を打つ程度にした。

この知人、口では置いた私も悪いけど。と言っていたが、盗った人が悪いと思っていたと思う。
こういった出来事を身近で聞くと、なるほど、起こす人と起こさせる人が居るから犯罪は起きるのだな。と思った。
しかし、なんでこうも何回も同じ事繰り返すのか。
・人から同情心を得たいから
・上の存在が心のクセを教えてくれてる
もっと色々あると思うけど。

と、いう愚痴めいた記事で、そういう事が私の目の前で展開してるのは何でだろうとも思うのだが、
自分も人をウンザリさせてるのには心当たりがある。

同じ過ちを繰り返し、特に反省なく、人に尻拭いさせて……というのには心当たりがある。
その時に相手側に(何だよ、冷たい奴め)という見当違いな感情を抱いたのだが
今の私の感情(碌でもない事聞かされてのうんざり感)は相手側に近いものがある。
というか、思い返せばあの時の相手側は、今の私より随分寛大に接してくれてたとさえ思う。

というのを私に分からせる為に、知人は置き引きに遭ったのかもしれない。
私サイドからの意見になるが。
人のせいにする
職場での出来事その1。

一日の流れの最後に社長に一日の報告をするのだけども、もう一人のパート(60代女性)の人も例外ではない。
パートさんはスマホのラインで報告を行ってる。
しかし社長が言うには届いてないらしいので、私にパートさんに確認してくれという要請があった。

確認したら毎日ちゃんと報告してる。
むしろ、私よりちゃんとキッカリ報告してる(私はたまに報告忘れや送信ミスを放置するというのに……)

謎なのはちゃんと送れてるのに、パートさんのラインの社長宛のトークルームは既読になっていないのだ。
逆に社長曰く数ヶ月前から届いていないという話である。

疑う原因としては社長が知らない間にそのパートさんをブロックしていた…との線が濃厚である。
しかし社長は諸事情で今、現場に殆ど居ないので、私が直接見て確認出来ない。

おまけに社長はトークルームって?何?というレベルの機械音痴(設定などはいつも他の人が行ってた)なので
離れた所で言葉で説明しても、原因の特定やらブロックの解除を指示しするのが困難というか(その労力を考えてウンザリして)私はその方向で解決することを投げた。

双方同士で解決しておくれ……と思ったが、直接話しても社長とパートさん(双方似たり寄ったりの機械音痴)では拗れそうだ…という事を考えたのかはそうではないのか知らないが、私を間に置いたのだろうが、
正直、私何もこの件では関係無いのに何で面倒な事を。
と思った。
私は何も悪いことしてないのに。
という意識が浮かび上がる。



職場での出来事その2。

その1と同日にて。
私の使うパソコンの電源が入らない。
おかしいなと思い電源を辿ったらコンセントが抜けていた。
なんで抜けていたのであろうか?
私は抜いた記憶がない。
となると、もう一人の人間に違いないと確認を取る。
しかし、その人間も抜いてないという。抜く理由がないというのだ。

私は釈然としないので、ああだこうだと理由をつけてその人間のせいにしようとしたのだが(迷惑極まりない)
よくよく周囲を確認したら、私の椅子の脚が丁度コンセントのコードににひっかかりそうな位置にあり、状況を推理すると、、、、

私が足にコードを知らないうちに引っ掛けて、抜けたんじゃない?
と、ブーメランな結果になった。


私のせいじゃないと思ってた事が私のせいであった。

という事があり、先のその1の出来事も関係ないようで関係あるのだろうと思った。

というか、私の心の姿勢が人のせいにし過ぎなので緩やかな警告を頂いたのだと思う。
特に被害も実害も起きない、ソフトなやり方なので、上の存在って優しい。。。!と、慈悲深いのが染み入るのと
私の間抜けさ加減に頭が痛くなる思いである。
根に持つ
去年か一昨年のこのぐらいの時期、同年代くらいのお嬢さんよりコンサートに誘われホイホイ付いていったのだが、その実情は某S学会主催のコンサートで、そこに集まった人たちも殆どが学会員であり、その異様な空間に非常にビックリして肝を冷やした。
という出来事があった。というのをいつぞやブログのネタにした事がある。

そのお嬢さん、私の仕事場と住んでる所が近いのもあり、ごくたまに母親と一緒にいる所を見かける。
私といえば、正直言えばもう関わりたくないというのが本音である。

今日もその二人を見かけたのだが、何でこうも苦手意識、もっとストレートに言えば嫌いという感情が沸き起こるのかなあとネチネチ考えてた。
といえば、聞こえが良いが、まとまらない思考をこねくり回してた。
キッカケはそのコンサートである。
何でそこまでこの出来事がここまで影響があるのか。

S学会員である事を知る前、純粋に良い人そうだし仲良くなれそうだなあと思って信用して、
その実情がアレだったので私としては非常に許しがたい裏切りと思い、端的に言えば、未だに根に持っているのである。
今日、ようやく言語化に至った。
今まで自覚は余りなかったが、実は私というのは結構執念深い。
初めの好感度がプラスだったので、その振れ幅が余計でかいのもある。

で、疑問としては、彼女は私を裏切ったのか?という部分である。

彼女の立場からしたら、それは裏切りとはいえない。
という考えが出てくる。
むしろ、これは善意から行為である。という可能性も高い。
末端の信者が自分の信じる教義に悪意を持って他人を引っ張るという事は、殆ど無いと考える。
S学会の教義こそ、自分が(洗脳とか色々な要因で)心底信じてる”善いこと”だから、それを人にも施そうとする。
それを私は捻れた考えで受け取り、根に持ってたのである。
一人で勝手に理想を押し付けて、勝手に裏切られたと勝手にそう思っていたのである。

人によって善悪の捉え方がこうも違うという好例である。

S学会の信者である彼女を悪人と勝手にレッテルを張っていたのだ。
善とか悪とかそういった事を抜きにして、中庸でただ事実だけを判断したいものである。

という事を踏まえても、S学会は消滅して欲しいという感情が先立つのでなかなか悪が抱けない。
今の所出来るのは、それをネタに何か気付くキッカケがあればなあと思ってるぐらいなので
それが存在してるのも、私がああいう出来事に遭ったのも、天の采配とも言える。


しかし、自分はつくづく自分中心で物事を考える。
人への感情も極端から極端へ行きやすい。
S学会員のお嬢さんに対しても、一時期、S学会なんで辞めてしまえばいいのに、あんな所に居る人間はロクでもない、とかもっとひどい悪態を付いてたのだが、
そこにいるのが彼女らの安寧なら、もっと良い方向へ進めるように祈るぐらいしてやれば良いじゃないか。
とも思える部分も少なからず出てきた。

しかし、S学会は消滅して欲しい。