点と線と円
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お越し下さりありがとうございます



6/11の朝
忘れそうになる前に後日談(という程でもない)

6/10、三次会はそもままホテルへと行き、緊張感が抜けたのかそのままベッドに横になったら
そのまま朝まで昏睡レベルで意識を失ってた(汚い)

6/11の朝は5時頃にタイマーしてたので起きれて良かった。
準備をしつつ、なに気なしにに『ORION』のロゴマーク(作ったメーカー名?)の入ったテレビを点けたら、
サグラダファミリアの建造の彫刻を専任に請け負ってる日本人のドキュメンタリーをやってた。
ドキュメンタリーは好きである。

何かなるほど。と、思うことを言ってたしやってた気がするのだけども、具体的な事が思い出せない。
終わりのない神の家の創造。
とか言ってた気がする。なにか祈りとか、宗教を超えた普遍的な事を言ってた気がするのだが。

神の家といえば、お話会のとある質問のカモワンの占い結果の最終カードとして出たりとか、最近のオリオンのYuccaさんの占い結果に頻出してるように思えるので、関係あるのだと思う。
意識の反転、啓示、衝撃、強制イベント、そんな感じは今の自分にピッタリである。
終わりのない~というのは、魂の向上はそういうものだというのを私に分かりやすく伝えてくれたのかもしれない。
ORIONのロゴの入ったテレビでそう言うのだから、偶然ではないだろう。

その後、別のチャンネルにして今度興味を引いたのは、若手の鍛冶職人の奮闘ぶりを紹介してる番組だった。
番組用にそういう場面を事前に用意したのかもしれないが
若い職人の言ってた『悪いところを教えて下さい。もっと良くなりたいんです』
という発言に悪を抱くことの大事さを改めて認識する。
自分が丹精込めて作ったモノを前に、堂々とそういう事を言えるなんて凄いなあと。
まだ変なプライドがあるので、素直にそういう事を言えて、尚且つ吸収できたらなあと思う。

そんなこんなで早い新幹線で帰りました。
自分的には初めてホテルを自分で予約したのが収穫の一つでした。(いっつも人任せでしたよ。感謝せねば。)
思ったより近いのでまた今度はゆっくり特に目的地を決めずに徘徊したいと思う。
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カミが入らない
たまに、業務の一環でDMとか作って投函する。
今日もソレを行った。
①原稿コピー→②用紙カット→③宛名印刷→④ワンポイントの色つけ→⑤投函
という流れなのだけども、プリンターとパソコンが使用中だったので先に④の色つけをした。
その時何故かパステルを使ったのがいけなかった。
宛名印刷をしようとしても給紙がうまくいかない。

今日辺り投函しないとやばいので、結構焦る。というか焦った。
今ならパステルが原因と分かったからなあんだ、と済ませられるのだが、
あの時は何が原因か分からず、プリンターが壊れたのかと思った。

普通の紙は普通に給紙が出来るので、プリンターは問題ない。
じゃあ紙の方に原因があるということで、結局先に色つけをした画材のパステルがいけないと分かった。
パステルの何がいけないのかと言うと、紙にパステルが付くと表面が粉を吹いたようにサラサラになり、
給紙のローラーが空回りしてしまうのが原因だった。
それぐらいで……と思わなくもないが、プリンターはけっこう繊細な作りをしてるらしい。
これからは順序を守って作業しよう。

で、一連の流れで人に迷惑かけるし、悔い改めよと言われるし、そんな感じで返す言葉もないのだが、
【カミが入らない】とかサインめいた出来事だと感じた。

カミが入らないとは、カミの入れ物ではない、獣の入れ物である状態と言える。
何故にカミが入らないのかといえば、余計な物が付いていたからだ。
余計なものといえば、凝り固まった思考のクセや、そのまま余計な感情であると解釈できる。
そして、それは微量で取るに足らないようであるが、確実に影響を与えており、その結果カミが入らないのである。

タイムリーにそんな事に思い当たったので、これはサインだと感じたのである。

他の解釈だと、順序を守らないからカミが入らない。
モノゴトの道理を履き違えると獣の入れ物になりますよ。とか。
夢を忘れることが多いので、せめて起きてる時のサインは見過ごさないようにしたい。
効能
噂のオキシジェンドロップスを摂取して約1月ぐらい。
これはそうかな?という効能があった。

効能なのか分からないが便が通常より柔らか。
排出力が高まってるのか、好転反応なのかは分からない。
別に下したような痛みはない。

食欲がセーブされてるように感じる。
私は大抵夕食摂るのが遅いのだけども、前よりあまり食べる気がしないのだ。
いや、食べるけど、そこまで大量に食べない。(加齢?!もありえる)

疲れにくいように感じる。少ない睡眠でも割合平気。
この所、睡眠が細切れである(25時~26時に寝て4時くらいに目が覚めてその後寝るも、5時と6時辺りに目が覚める。)
が、そうなると大抵次の日午後には睡魔に襲われることになるのだがそれはなく、頭はスッキリしている。
そのせいか、幾分か前より気分が良い。

参考までにどうぞ。

効能があるとなると、それを摂取し続けなければいけないのだろうか。
めんどくさいと言うのが本音であるが、これでこれまでの生活の諸々の良くない事が相殺されてるのだと思うと、アリなのかもしれない。

多重構造
悪名高いンhkの徴収員だけども、記憶を遡ると、私は一度も遭った事が無い。
実家暮らしの時や小さい時は知らないけども、少なくとも、実家出てこちらに来てからは一度も無い。
(原因を考えたら、余り日中在宅してないとか、マンションなのにエレベーターが無い上の階に住んでるとか、色々あるかと思うのだが)
なのでそれが度々話題に上がるものの、その存在は私の中では都市伝説級の扱いになっており、私の世界では果たして存在してるのか?
と疑問になってくる。

ンhkに対してはクソだと思う部分はあるけども、私は結構ンhk教育は好きである。
うちにテレビが相変わらず無いので、たまに実家に帰っても大抵ンhk教育を見ている事が多い。
幼児向けの物も観る。
その姿を見て親はいい年して……ヨヨヨ……と、思ってるのかそうでは無いのかは知らぬが。
この前正月に実家に帰って視聴した『慢勉』は面白かった。
コレを観ただけでも帰省した甲斐があったと思えた。

で、何で徴収員が現れないのかと考えたえたのだけども、私はそれが現れても特に困らない。
からなのかもしれない。
ンhkにはそこまで反感感情が無いし、来ても、テレビ無いし。

とか話題にしたら現れるかもしれないなあと、ふと思うのである。
ちょうどその時
今日、仕事が終わったのだからすぐ帰ればいいのに、
特に目的はないのだがグダグダしていつもより30分ほど遅れて帰った。
そして帰りの地下鉄の構内に向かって行くと、聞いた事が無いけたたましい警告音が流れてた。
火事が起きたらしく、その非常ベルと、避難誘導のアナウンス。
しかし、おかしい。
火事なら煙の匂いなりしてもおかしくないのだが、それがない。
人も普通に歩いてる。
で、訝しながら進んだら、結局誤作動という事であった。
珍しい事もあるものだと思ったのだが、これが件のイベント的なことなのかも知れないと思った。

警報の誤作動自体、時間にしてほんの2,3分の短い出来事であり、
そこに前後数分の誤差があってもこの出来事には出会わない。

何故か今日に限ってわざわざ残らんでいいのに、遅くに帰るような行動を取らせたのか。
この出来事にかち合わせる為なのかもしれないと、思ったのだ。
もしくは、どっかのパラレルにて本当に火事があったのかもしれん。

【非常ベルの誤作動】

[場所]
名古屋市**区地下鉄**線**駅構内
[日時]
・2017年3月2日**時**分程
[登場人物]
・自分
・駅構内に居合わせた人
・駅員
[あらすじ]
駅構内の非常ベルが誤作動した。
避難アナウンスも流れていたが、それに慌てる人も居なく、音がうるさい以外に実害は無い。
[この出来事から思ったこと]
本当にパラレルで火事があったのかもしれない。
それとは別に、自分の身に起きた事で考えると、警報を聞いたという事から、
上の存在の警告が、現実世界の非常ベルという形をとり、この場に居合わせた人たちにもたらされたのかもしれない。
アナウンスは、”火事が起きたので落ち着いて避難してください”という内容であった。
”火事”というのは、このところの感情面で思い当たるフシがある。
根本的には己の不甲斐なさが原因なのだが、それを認めたくなく、原因を外に求めたり、そんな自分を嫌悪して憤怒に駆られてた。
失敗しても、学習しない。あれから私はどう変わったのだと、思い知ることがあったり、悶々としたのだ。

あのけたたましい音は、ハッとするキッカケを与えてくれたと思う。

それが事実かどうかはさておき、自分でそう思うなら、それはそれで真実である一面を持つと思う。