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お越し下さりありがとうございます



量を増やす
デッサン用の鉛筆について。
貸してほしいという人に貸すために持っていったら、手で削った歪な鉛筆を見て同僚が言った。

どうして手間のかかる手で削っているのか?
鉛筆削り器使ったほうが労力が少ないし時間の短縮にもなるだろうと。

そう言われたらそうだ。
なんで私はずっと鉛筆を手で削っていたのだろうか?

とはいえ、気づいたら初めからその選択肢しか考えられなかったのだけども。

学生時代、周りの人は皆、手で削っていた。

・私自身、鉛筆削り器を持っていなかった。
・周りが皆、そうしていたからそれが当たり前と思っていた。

という現状があったのだけども、納得できる解答が出来なかった。


それについて暫く考えてたら、手作業することによって心を養ってたのではないかと思い至った。

鉛筆は大事な手の延長の道具。
機械で削るのと自分で削るのではキの入り方に違いがあるのではないかと。


あと、機械で削るとどうしても単調な仕上がりになってしまうが、自分で削ると好きな調子に仕上げられるので、
より良い作品を生むには適している。


という事をその場で思いつかない頭の回転の鈍い自分という事にも思い至った。
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長年不思議だったこと
最近、西表へと行って来た。(懐が痛い……!!楽しかったけど)
この時期は生物がたくさん居て、生きてるのを謳歌しているのを感じた。

さて、ガイドさんに頼んで色々自然の中を探検するのだけど、改めて生物の多様性ってのはスゴイ!と思ったものです。
蝶の模様とか、進化の過程でそうなったと言えばそうだけども、どのように頑張って、青い色を身に付けた?模様を考えた?ならまだしも、種全体にそれが現れるようになったのか、不思議だったのだけど、これってアワの性質の成せるワザと考えると納得がいく。
頭の先の考えじゃ実際にはそうならないけど、小さいなら小さい生き物なりに、一生懸命に生命を全うして願望を実現していったのだと思う。それでも気の遠くなる時間が必要だろうけど。

面白いなと思ったのがガジュマルの木。
家にもトイレにちっこいのが居るけども、あちらはホントに同じ木?かってぐらい馬鹿でかい。
別名『絞め殺し』というらしく、この木は成長とともに横に勢力を拡大するのだけど、途中に生えてるライバルになる木を絞め殺してしまうとな。
自然は厳しいと思ったけども、同じ植物でも他に着生したり、寄生したり、絞め殺さないでも大きく堅実に成長するものが居るのに、このガジュマルは過激だなと感じた。
ひょっとして、植物も種によって、サヌキ性が強いとか、アワ性が強いとか、特色があるのかな?

相似象とは?
相似象とは何だろう?

相似象のカテゴリーを作ってはみたが、何をもって相似象の記事になるのか判断に迷っている。
というか、今更ながら私は相似象の意味を理解してなかったと自覚する。
かといって、全く分からない訳ではなく、問題集に一応解答はしてるので、薄らと捉えてる程度と思いたい。

『相似象とはカタカムナの解説です。』
とあったが、まずカタカムナの意味が分からない。

カタカムナの解説=相似象
って事なんだろうけど。

相似象を「そうじしょう」と読んではいるが、それも正しいのか。
今では疑わしい。

そして何故、相似・象 の文字を充てたのか。
学でもなく、道でもなく。

象とは、事象現象の事で、認識可能な物事という解釈をしてみる。

相似とは、大きさに関わらず、構成が一緒。
とういう解釈をしてみる。


では相似象の定義とは?
見えない物事を物理的に理解する概念?
概念は違うか。
(概念とは?ルール付けの意味)
理解する方法の解説。

じゃあ物理的の意味は?といいますと、
この世界の大前提。と、捉えてみる。


……こうやって数珠繋ぎに疑問が出てくる。困った。
あの解答編みたいにさらっとピンポイントな文章が作れれば良いんだけど。

とりあえず、今回私は
相似象を

『見えない物事の物理的な解説』

って事にしておきます。
文字に起こしても、何かイマイチ。

当然これが答えでは無いので、変わってゆくとは思うけど。
先の記事では、こういった問題集を発案実行するのに、どれだけの判断力、思考力が要るのか?
と思ったが、先ずはアワの質が大事かと改めて考えた。

アワは前駆するとはあったけど、より良いサヌキ(行動)の為には、先ずはアワなのか。なるほど。
サヌキとアワの分類
ブログをちょくちょくアップしているけども、相変わらず文章が定まらない。
今日は自分のサヌキ、アワ、成分について考えてみる。

温故知新のサイトにて、初めてとりあえず知識を入れた段階では自分はアワじゃね?って思った。

何故アワと思ったか。
自分がサヌキだったらちょっと嫌。
と、感じたのだ。
サヌキ人間(低次)は反省しないとか、相似象を間違って理解するとか、散々な言われように対し、アワ人間は
情感豊か、人のために尽くすとか私にとって魅力的な人物像に映ったのだ。

自分は魅力的でありたい!アワのようでいたい!いや寧ろ私はアワだ!
という風に歪んだ願望が客観性を狂わしていたのだ。

で、まあ。
少し冷めた頭でモノを考えるようになって、2回目読んでみたら、アレ?自分ってアワ?サヌキ?って分からなくなって、読んで行くうちに、ひょっとしてサヌキ………??
ってなった。
特に、サヌキ人間はどんなに怒っても、悲しんでも、とりあえず腹は空く(みたいな内容があった)
に大いに同意したのである。

まあ、サヌキなんじゃね?と思ったから取り合えず試しに行動してみようかということでブログを始めた部分もあったり。
でも、どんな人間にもアワとサヌキが混在していて、相手によっても出方が変わるとあるから、この件はこれで終わりでは無いのだけども。
自分の行動の客観視という点においては、有効な指針になったと思う。


この事で一つ気が付いた些細で重要な事。

私は恐ろしいことに、ひょっとして、本当の反省というものをした事がないという事実。
うわあ。