点と線と円
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お越し下さりありがとうございます



二度手間
例の石を入手したのだが、ヤフオクではあまり見つからず、ならばワールドワイドに探そうと思ってeBayで探して、
で、予算内に良さそうなものがあったので入手した。
ヘマタイト
送料が、落札した品物より高い。
eBayは海外のサイトであり、当然全部英文なのである。
私の英語力は”this is pen” 程度であり、英語が読めないのだが、それでもこのご時世サイトごと翻訳する機能があったりと、そんな私でも海外のものが入手できるので、やろうとすればなんとかなるものだなあと、感慨深い。
やり取りも、ヤフオクのオークションフォームと似たような感じで個別にやり取りの必要が基本無いのがありがたい。

デメリットもある。
・翻訳内容が直訳で意味不明
・商品ページの一部の文章が画像扱いだと翻訳してくれない
という事で、写真の情報で判断するのだが、枚数が多い割に見たい写真が写ってない事が多い。

今回のこの品も、肝心の裏側の写真が無かった。
なのに正面からの同じアングルの写真を90度とか180度とか回転させた混乱させるような写真が幾つもあったり。
何でだろう、、、、
最低限、商品金額と送料が確認できればそれで良いということにしてある。

という訳で、半分ギャンブル気分で、最悪届かないのも覚悟で入手して経緯がある。
それでも今までちゃんと届いており、今回も10日ほどで届いた。
因みにポーランドからの出品でした。
出品者のIDにorionや666とあったり、売値が99,9ドルで重さが100gとあったのでそれで決めた部分もある。

実物は満足で、特にお尻のような形があるのが素敵だと思います。
で、出品者の評価なるものをしなければならないのだが、カタコトの日本語を翻訳サイトで直訳してます。
まあ、多分意味は伝わっていると思うけど。

てな訳で、少し労力を使って入手したのだが、これを手に入れたあと、普通にヤフーショップで売ってたのを知り、自分の視野の狭さを痛感した。
いやあの石も一期一会で良いと思います。

さらに後日、衝撃的だったのは地元の名古屋駅の東急ハンズの鉱物コーナーにあった。灯台下暗し。
しかもお値段数百円。握り石ぐらいの大きさ。まだあります。お求めの方はお急ぎを。

というか、あそこの鉱物コーナは前から知ってはいたが、その時はあったのだろうか?
最近出て湧いてきたように私には思える。
そこにあっても意識して見えるようになる事があるのだと思う。

あそこの鉱物コーナーは特に安いとかお得(なのもあるが)という訳ではないが、適正価格という感じがして良い。
ミネラルショー等で仕入れたり、アーカンソーで買い付けしており、またGW付近に特設コーナーを設けると言ってた。
今日行ったら、購入者に隕石の欠片のサービス(米粒くらいの大きさ)とかやってたり、気合が入ってるなあと感じた。

てな訳で、ヘマタイトを巡る旅は一旦落ち着いた。という事にする。
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no image
ブログをパソコンで見ると、プロフィール画像に”no image”と出てる。
前はそんなの無かったのに。。

見栄えが気になるのと、そう言えば新月なので心機一転てほどでもないけどプロフィールをいじってみた。

画像はスマホに入ってた自作の銀のペンダントの写真です。
ずっと前、地金をを伸ばして外とか中とか糸鋸で切り抜いて金鎚でボコボコ打ち付けた物で、
この形は何か?と言われたら”よく分からない”です。
仕上げも適当で、見る人から見たらもっとちゃんとやれと言われそうですが、ピカピカしすぎないのが好きなのですよ。
あと、本当に鏡面仕上げをしようとしたら、機械使っても大変なので私はようやらないのです。。。。

今見たら宇宙船ぽいなあと言うことでタイトルは”銀の船”という事にします。
画像はコントラスト弄っており、絵ぽく見えるので良い感じと思ってます。
銀の船
チェーンは3つ空いた穴の何処でも通せるようにしたデザインなので色んな付け方出来ます。
一時期気に入っててずっと付けており、今でも大事にしてます。
銀は良いですよ。金も好きですが。

そして思いのほか手こずる自己紹介文。
こういうのが苦手なのですよ。
”人にどういう風に見せたいか”と、本来とは違う自分を作ろうとしてしまうので、変に考え込んでしまいます。
そんなのどうでも良い事なのだけども。

私はブログのテンプレートもたまに変えるので、プロフィールもまた変わるかも知れないですが、暫くはこれで行こうと思います。
ささやかな抵抗
ほんの僅かでも、自分の意思を発信する事に意義があるという部分が少し分かったので(にして前記事から日数が経過したが)
たまにヤフーニュースのコメント欄にてコメントをするようになった。
アレは好き勝手書いても全部載るので、そういう意味では公平だなと思う。

しかし、たかがコメント、されどコメント、短い文章の中でキチンと焦点ぼやけず意見を述べるのは難しい。

しかも、多少なりとも親指の上げ下げの反応あるので、それに左右させずに意見を述べることに対し鍛えられる。

で、実際やってみたら存外日和った意見を述べてる自分が居ることに気付いた。
別に過激な事を書けば良いという訳でもないが、反応を恐れて本心とはズレた意見を述べてしまうのだ。

本当はもうちょっと違うのだけども、そのちょっとが曲者で巧妙に隠すものだから自分でも気付かないのだ。
それを色々無意識にやってきたのだと今更思う。

しかし、大勢の中で意見を述べる訓練や慣れるのに自分では結構有効と思うので、興味のある人は気軽にやってみると良いと思う。
しかし、自分が知らないだけで結構他で意見を発信してる人も多いのかもしれないので、今更…
と、思われなくも無い。

精巧なピタゴラスイッチのような
具体的な内容は伏せますが、身近に不幸なことがあり、己の無力さを久々に味わいまして、何故これが起こったのとか
意味とか考えても、それっぽい考えはあってもそれはその時点での事なのでそれはそれとして
自分には何ができるのかとか思う部分がある。
でもそれは果たして自己満足にしか過ぎないのでは。
とも思うのだが、それはそれで私の勝手なので後は相手次第でどんな反応が来ても良いか。
と前よりかは思えるので、行動を起こすことにそこまで抵抗が無くなってきた。

と、そういう時は起きて欲しくないことが重なるもので、

・起きて欲しくないことが
・起きてはならない人物に対して
・起きてはならない時に起きる
という、これはこれで最早神がかり的な絶妙なタイミングとしか言い様がない事が起きたので、
上の存在に(聞いてないよ)と思っても、ここまで見事なタイミングが重なった状況を省みると
きっと関わった人物らできっと了承を得たから起きたのだなと、感じてしまう。

ならばただ起きたことを受け止めてそこから何を得るのか。
そのような課題を与えられたように思える。
狭い視野で見れば不幸なことも、そうでもないので、ならばこれはチャンスなのだと思えばそこまで落ち込まない。

それでもやはり落ち込むが、腹が減ったら食べる程度の気力がある辺り、
底に落ちても其の位置が底上げされたように感じるし、一日寝れば結構元気にもなるので、
これはこれで自分は本当に反省してるのかと思わなくもない。
しかし、出来ることと、そうでない事があり、それ以上の事はその時に考えようと、
ふてぶてしいだろうが起きてない事を心配しても疲れるし、精神衛生上良くないのである。
だから今はそこはそういう事にして、置いておくことにする。

因みに渦中の中、やりすぎはいけないと思いつつ、ネットのワンオラクル引いたら
悪魔がやたら出る。
執着してるのだと思った。
確かに後悔先に立たずと言うが、過ぎ去った過去は戻らないし、
そこから意味を考えるしか生きる人は出来ないのだろうなあと、分かった口を利いた風にうそぶくのである。
客観視するツールとしては有効か。
あと、梅花心易で、山地剥の五爻水山蹇の上爻が出た時は、的を得すぎてると思った。
そういえば、以前は自分の思わしくない結果が出たらノーカン扱いしてたなあと、振り返る。
続きを読む
曹植
こちらの記事を読んで、このエピソードを思い出した。
七歩詩 曹植
同じものなのに扱いの差という部分が。
其の辺の繊細さが私には欠けてるので、見習いたいものです。。。

端切れの扱いは私もたまに迷うけども、布の世界には「百徳着物」「小豆三粒」という素敵な言葉があるのだー
とリンク先の記事を読んで布って貴重なんだよなあと、思い返す。
昔は偉い人しかふんどししてなかったから、戦では討ち取った人物の身分の確認にされたとか、、、
裂き織とか、着古した服を割いてひも状にして、また布にしたりとか、、、知恵と工夫もあるが、
まずはそれを何とかしたいという優しい心から出来てるのだと私は思った訳です。

私は革を扱ってる訳だけども、元々生きものなのだというのは、ちらちら頭についている。
生きた牛を見たことあり、つぶらな瞳で穏やかで可愛いなあと思ってるので牛は好きである。

じゃあその革見て可哀想だとは思わないのかと言われると、ヌメ革見たら、
その作業工程と携わる人につて調べた事があり、それを思うと
それはそれで立派で綺麗だなあと思うのでありがたく使わせて頂きます。
という気分であるので可哀想とはあまり思わないのである。
しかし粗末には出来ないとは思ってる(の割に失敗するが)。

そういえばチラと革はスピ的にどうなのか思った事があった。
生き物がかわいそうだから使わない主義の人も世の中には居るので、それもアリだと思う。

結局私は私の楽しみのために他の命を使ってる訳である。