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今の状態

2019.04.15 Mon
とまあ、前回そのような行動に出た訳であるが、ふと今の自分のこのハイのような状態は何かに憑かれて無いか?方向性は?
と、疑うような気分でもある。
思い切ってそっちに行ったらまた元に吸い寄せられて、それで良かったのかと思う事もあるのだ。
決めた事が揺らぐというのは自分の場合よくあるので、この衝動はどのような感情で動かされてるのか注意がいる。
かといって、慎重になりすぎると動けなくなので、大抵の事はまあ、何とかなるだろうというつもりでいた方が精神衛生上宜しいと思うう。
それは楽連的という訳でなく、詰めが甘い杜撰さからくるものであり、現実をあまり直視出来てない都合の悪い事は視界に入らないという自分の性格の表れであると言える。

感情に振り回されてる時ほど、冷静になれたらなあと思うのであるが。

教習所通い再開中です。
この前はグループディスカッション?という事で見知らぬ赤の他人2人、私、教官という4人の組み合わせで運転を代わる代わる行った。
教官が言うには、こういう集まりは不思議と似たような運転をする人物が集まるそうだ。
その言葉の通り、姿形は違えど、確かにやらかす事は似ている。
なので、いつも自分ってこういう動きしてるんだなあと、客観的に見れたのは大きな収穫であった。
焦ると視野が途端に狭くなって、いつもできた事が出来なくなるという。
この人たちと魂の年齢やら、役割が近いんじゃね?と、思った。

思考やら判断の不味さは運転という目に見える部分に出るので、こうやって色々学ばせてもらってます。

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これからの生き方

2019.04.13 Sat
令和が発表される前に祖母が亡くなった。
あとちょっとで平成を越せたのになあと思ったが、それが本人の選んだタイミングだったらそれはそういうものなのかと思う。
九州の無茶苦茶田舎なので、急にその報せが来たものだから準備に焦った。

頼みの綱のバスが廃線になってたりととにかく行動に不便で、しかもバタバタの中私も長居は出来ず、
その段取りは悔いの残るものとなったが最後に肉体のある状態で一目会えたのでそれで良しとすることにする。
葬式は出れなかったが、式は別にそこまでこだわらない。

物理的に遠い母方の祖母なのだが幼少時は毎年そこに帰省しており、さながらゲームの「ぼくのなつやすみ」みたいな日々を送っていた。
過ごした期間は少ないが幼少時の濃度の濃い思い出になっており、いわゆる心の故郷。という位置付けになっている好きな土地である。
そして祖母の思い出である。
余り目立つタイプでは無かった。どういう人かと言われればあまり理解していないなと今更ながら気づいた。
過ごした夏のやたら暑い日、祖母はいつも花壇に水やりをやってた。
細かいものを色々作ってた。
それぐらいしか思い出せない。
のだが、顔を見たらやはり涙は出てくるものだった。
叔母連中、女衆は棺のある部屋でずっと過ごし、私も一晩過ごした。
布団が足りず、毛布も足りず、着てきたダウンに包まり過ごした。体が痛かった。

母が、亡くなる前に見たおばあちゃんは痩せこけてしまって見るもの辛いと言ってたので、覚悟をしていたが死に化粧を施された姿は想像してたよりもずっと穏やかで何か見たことなるなと思ってたら、絵画のミレイのオフェーリアに似ているなと思った。
老衰の大往生だそうだ。
何が幸せか不幸せかその人にしか分からないとは思うが、祖母の人生は何だったのかと思う。
ただ、その生き様、死に様を示して生きる人に何かしら導きを与えるのだと思う。

と、その時はバタバタしててゆっくりと噛みしめる余裕は無かったのだが、暫く時間が経ってそんな風に思えるようになった。
どう死ぬか、生きるかという事について前より突っ込んで向き合うようになったがまだ足りない。

仕事の事で一つ私の中でぐれんが起きた。
これまで上からの指示でずっと行ってきたもので、これをやるしかないとずっと思考停止してた事があった。それはずっと嫌な事であった。(ぼかす事しか出来ないのでご容赦を)
しかし、それを拒否する事にした。
理由は、そんな事して生きていたくないからである。
それで職を辞すことになっても、それを強要し続けるなら未練は無いだろう。
逆らえない、拒否出来ないと思い込んでいたが、私にもそれは出来るのだなと思えた。

私は戦えないと思い込んでいたが、戦うことが苦手なだけで、戦えなくはない。
戦えないと戦えなくはないとでは意識の差が天と地ほどある。
そう思えるようになったのも、祖母の死に様を見せてくれたからである。

別に、こうしようとか思ってた訳ではないが、結果的に内側から起こる衝動がこのような行動に私を駆り立てた。
奇しくも変換が起こる時期であり、こういったタイミングも色々な天の采配なのかと思う。

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新しい時代

2019.04.02 Tue
仕事中、ネタバレ食らって新年号を知ったのですが、へえ、良いじゃんと感じました。
音が綺麗で語呂が良い。
これから新しい区切りと思うと清々しい気分です。

と、能天気に感じる人間もいれば、違和感感じる、ちょっと違うと感じる人間もいるし、そこは慣れかなあとも思います。
広辞苑の裏に年号一覧があって、ちょっと見てみたら飛鳥時代からなのかなあ?(ちゃんと調べてない広辞苑に載ってた情報のみからなのでご容赦を)
何十年その元号が使われてるのは自分の時代では当たり前と思ってたけどもそれは近代の事で、
遡ると年号は殆ど数年単位、短いものでは一年の間でもコロコロ変わってた年があったそうな。
しかも似たり寄ったりなから漢字が頻出してて、考えるのも大変だなあと。

変わる頻度と社会の安定度は相関関係があるとも言えそうなので、こうやって何十年も同じ元号で過ごせるのはある意味恵まれてるとも言えるので、気分新たに過ごしたいと思います。
(普通の日記)

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初めての靖国神社

2019.03.22 Fri
靖国神社は初めてで、来る前はどんな印象かといえば、首相の靖国神社参拝で近隣国が何やら騒ぐところ。
という認識でしたが、今回訪れてみて、これは日本国民は一度は訪れた方がいい所。
という認識へ変わりました。

私は核家族で育ち、両親の祖父母も近くに居らず、戦争というものはまだ遠くない過去であったのは知ってましたがそれは身近では無かったのですが、此処で実際戦争が起きて死んだ人たちの軌跡を肌で感じて、言葉では表せない位精神を揺さぶられました。
特に最後の手紙はちゃんと向き合わなければならないのでしょうが、1通さらっと読んだだけで涙が出る。
ちゃんと読んだら嗚咽を漏らす気がしたので我慢しました。

さて、この涙はどこから来るのか?
憐憫?悲しい?可哀そう?しかし憐れむのも失礼だ。称えるのも何か違う。
戦争を良い悪いで括る段階は過ぎたのだけども、無いに越した事は無いのだけども。
落し処が見つからないし、急に答えを出す必要もないのでこの感情はそのままにしておきます。
ただ、お疲れ様、ありがとう。ゆっくり休んで、生まれ変わりとか魂があるとしたら、もっと長生きして、幸せに暮らして欲しいと願いました。

で、ここにも外国の方訪れてるのですが、ちゃんと鳥居でお辞儀をして参拝してました。
他の神社では余りそうする方は少ないので、外国人の中にも日本人が居るぞ。というのはああいう人を指すのかと思いました。

で、ややしんみりした気持ちで休憩所に行ったのですが、皆と話してたら元気出ました。
虹も見れた。見さしてくれたのか?
例の如く天気も碌に調べず(まあ持つだろうという根拠のない理由)降った時、え?雨?と思ったのですが不思議な事は普通に起こるものです。

靖国神社、参拝出来て良かったです。
かりんさんありがとう。

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楽しかったです

2019.03.20 Wed
近いようで遠くて近かった(物理、時間的に)東京お話会参加しました。
近いので日帰りです。
新幹線も結構走ってるだろうという事で大まかに調べてこの時間のやつに乗ろうかと思ったけど予定通りに行かず
1時間ほど遅れて東京に到着。
朝ご飯を食べずに駅に行ったので旅気分を盛り上げるべく、天むすを買って中で食べる算段としました。

9時ごろ到着。
朝のしかるべき時間に食料食べたらほら、色々出したくなるじゃないですか。
腸の動きを察知したのでトイレに直行。
そしたら並んでる人の多さにビビる。
こんなに待ってられないと、此処は天下の東京。
トイレなんてここじゃなくても腐るほどに違いないと、次のやつを探す事に。
しかし、そんなにトイレも見当たらず、あったとしても心が折れるような行列でなんだよもう。と、なりながら東京を彷徨う、トイレ難民と化してました。
結局、妥協できる程度の行列のトイレに並びました。
東京は恐ろしい所です。
さて、気分も体調も整えてようやく行動を起こします。
と。言ってもここから目的地に行くだけなのだけども。

東京駅2


明治神宮とか行きたかったのですが何か距離的に微妙だったので、ここは距離も丁度良さそうなので歩いて行く事に。

東京駅1


靖国神社まで
大体このルートを歩きました。
普通に歩けば30分ほど。
今回はフラフラしてたので1時間ちょいかかりました。


大黒天
大黒天を発見。

駅から皇居方面は真っすぐで道が広く、高い建物も無く、見晴らしが良くて気持ち良かったです。
いわゆる観光地のような騒がしさも無くて清々しい空気感でした。

皇居までの道

噂の皇居ランナーなるものを横目に(アレでも休日なので少ない模様)、近くの城跡内部?庭園?のような場所があり、フラフラと吸い寄せられたら、なんと無料で入れるという事で入ってみる事に。
入る前に荷物チェックされました。
場所が場所なんで警戒してるのでしょう。
で、タダと言ってもプラスチックのプレートを入場前に渡されまして、これは出る時に返すという物でこれで入場者の管理をしてるようでした。
赤い花
花の時期にはちょっと早いけどもチラホラ咲いてるのもあり、良い所でした。
もっとじっくり見たかったけども、先の予定があるので散歩程度にしておきました。

で、ようやく目的地に。
ここからが本番です。
私はネットストーカーばりに見れるブログはチェックしてるので、初めて会った方は何か初めてのような気がしないし(現実との境界が曖昧)久方ぶりにお会いした方たちは、前より生き生きしてる感じがしていい感じに生きてるなあと思いました。
お話ししてくれた方ありがとうございます。

実を言えば今までのお話会に参加する時は知らない所へ遠出をするわ、知らない人に会ったりするわで、多少なりとも億劫な気分になってた事が多かったですが、何故か今回は前日からワクワクしてて(楽しみだなあ)とか思ってました。
現実に会ってみるとやっぱり楽しかったです。
今回は40人と大人数。話せない人もいましたが、同じ空間で過ごせて嬉しかったです。

というのも、この場所と時間を提供して下さった幹事のかりんさんのお陰です。
数ヵ月に渡る準備、下調べ、当日も皆の動向をチェックしたりとありがとうございます。
安心して楽しめたのもかりんさんのお陰です。
MYさん、二次会以降も場所の提供ありがとうございます。
戦士魂の発揮具合がハマってまして、この二人で丁度良かったのだなあと感じました。

予定には二次会で切り上げるはずだったのですが、楽しいついでに三次会へ。

私、東京と名古屋の距離感を見誤っておりました。侮ってたと言っても過言ではない。
結構遠いんですね。
実は終電のマトモな時刻を調べずにここまで参加してたので、チラホラ帰る人が出始めてから便乗して帰った時間が正に当日帰宅できるギリギリの時間だったのです。
新幹線改札駅員さんの「間に合わないなぁ」という不吉な呟きを耳にしても聞かなかった事にしてダッシュしたら間に合いました。
良かった。
アルコールに浸された脳でも帰巣本能が勝った。
最悪乗り遅れても始発で帰れば次の日の仕事には間に合うのですが、それでは辛すぎる。

しかしまあ、乗ったら乗ったで人が多くて座る処が無く、諦めてデッキで過ごす事にしました。乗れただけで良いんだよ…
品川過ぎた辺りで駅員さんが席が空いたから良かったらどうぞと教えてくれたので有難く使わせて頂く事に。
という事で、自分の準備不足から来る不手際にやばかった所もありましたが、天気も別段悪くなく(外の移動時は降ることが無かった。それどころか虹が見れた)良い濃い一日でした。

心の片隅にリュケイオンやらないとなあと思っておりまして17日の自分に期待して、岐路に着きました。

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