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精巧なピタゴラスイッチのような
具体的な内容は伏せますが、身近に不幸なことがあり、己の無力さを久々に味わいまして、何故これが起こったのとか
意味とか考えても、それっぽい考えはあってもそれはその時点での事なのでそれはそれとして
自分には何ができるのかとか思う部分がある。
でもそれは果たして自己満足にしか過ぎないのでは。
とも思うのだが、それはそれで私の勝手なので後は相手次第でどんな反応が来ても良いか。
と前よりかは思えるので、行動を起こすことにそこまで抵抗が無くなってきた。

と、そういう時は起きて欲しくないことが重なるもので、

・起きて欲しくないことが
・起きてはならない人物に対して
・起きてはならない時に起きる
という、これはこれで最早神がかり的な絶妙なタイミングとしか言い様がない事が起きたので、
上の存在に(聞いてないよ)と思っても、ここまで見事なタイミングが重なった状況を省みると
きっと関わった人物らできっと了承を得たから起きたのだなと、感じてしまう。

ならばただ起きたことを受け止めてそこから何を得るのか。
そのような課題を与えられたように思える。
狭い視野で見れば不幸なことも、そうでもないので、ならばこれはチャンスなのだと思えばそこまで落ち込まない。

それでもやはり落ち込むが、腹が減ったら食べる程度の気力がある辺り、
底に落ちても其の位置が底上げされたように感じるし、一日寝れば結構元気にもなるので、
これはこれで自分は本当に反省してるのかと思わなくもない。
しかし、出来ることと、そうでない事があり、それ以上の事はその時に考えようと、
ふてぶてしいだろうが起きてない事を心配しても疲れるし、精神衛生上良くないのである。
だから今はそこはそういう事にして、置いておくことにする。

因みに渦中の中、やりすぎはいけないと思いつつ、ネットのワンオラクル引いたら
悪魔がやたら出る。
執着してるのだと思った。
確かに後悔先に立たずと言うが、過ぎ去った過去は戻らないし、
そこから意味を考えるしか生きる人は出来ないのだろうなあと、分かった口を利いた風にうそぶくのである。
客観視するツールとしては有効か。
あと、梅花心易で、山地剥の五爻水山蹇の上爻が出た時は、的を得すぎてると思った。
そういえば、以前は自分の思わしくない結果が出たらノーカン扱いしてたなあと、振り返る。
続きを読む
曹植
こちらの記事を読んで、このエピソードを思い出した。
七歩詩 曹植
同じものなのに扱いの差という部分が。
其の辺の繊細さが私には欠けてるので、見習いたいものです。。。

端切れの扱いは私もたまに迷うけども、布の世界には「百徳着物」「小豆三粒」という素敵な言葉があるのだー
とリンク先の記事を読んで布って貴重なんだよなあと、思い返す。
昔は偉い人しかふんどししてなかったから、戦では討ち取った人物の身分の確認にされたとか、、、
裂き織とか、着古した服を割いてひも状にして、また布にしたりとか、、、知恵と工夫もあるが、
まずはそれを何とかしたいという優しい心から出来てるのだと私は思った訳です。

私は革を扱ってる訳だけども、元々生きものなのだというのは、ちらちら頭についている。
生きた牛を見たことあり、つぶらな瞳で穏やかで可愛いなあと思ってるので牛は好きである。

じゃあその革見て可哀想だとは思わないのかと言われると、ヌメ革見たら、
その作業工程と携わる人につて調べた事があり、それを思うと
それはそれで立派で綺麗だなあと思うのでありがたく使わせて頂きます。
という気分であるので可哀想とはあまり思わないのである。
しかし粗末には出来ないとは思ってる(の割に失敗するが)。

そういえばチラと革はスピ的にどうなのか思った事があった。
生き物がかわいそうだから使わない主義の人も世の中には居るので、それもアリだと思う。

結局私は私の楽しみのために他の命を使ってる訳である。
なかよし
地下鉄の帰りで女子中学生二人が階段でジャンケンして、勝ったほうが先に進む。というゲームをやってた。
無邪気にはしゃいでて微笑ましかった。
そういや自分もそんな遊びやったなあと、そんな時期もあったなあと、懐かしい気持ちになった。
私のところは
グーで勝ったら グ リ コ で3歩
チョキで勝ったら チ ョ コ レ イ ト で6歩
パーで勝ったら パ イ ナ ッ プ ル で6歩
それぞれ進む。
というルールであった。
この手の遊びは地域によって違うのだろうか?

なかよしつながりでトランプ氏とアベ氏。
写真を見たらお花が見えたよ。この二人。というか、実際そういうコラ画像も作られてそうだ。
仲の良いオッサン達……良いと思います。そういう繋がりがあるというなら、逢えて良かったねえと微笑ましく感じます。
これがヒラリーだったらこうはいかなかったと思う。
おっさんと花
政治とか、今までそこまで関心は無かったが、このところの動向は興味深い。
ぜひ、大胆不敵にやってほしい。
トランプ

心に残るゲーム
何か作業してると昔読んだ漫画とかゲームをつらつら思い出すことがある。

ふと、ブレスオブファイア5~ドラゴンクォーター~(通称BOF5)を思い出してた。
シリーズものだけども、私はこのシリーズは5が初めてのプレイで、なんで買おうと思ったのか思い出せないがトレーラーが良かったのかもしれない。

当時実際プレイした時と、今思い返すと、このゲームの世界観や人物たちは
実際リアルな私たちの世界と同じであると今なら分かる。

生まれつきすべき役目を強いられる搾取される側の大多数の人、
一部の特権階級が恩恵を受け(話し中、権力を得た者の苦悩も描写される)、
そのさらに上にいる支配者たち(善悪を超えた思想で動く)

制作者の意図とかどこまでかは知らないが。
多分私の世代以降辺はこの世界のリアルな仕組みが、こんな形でちょくちょく知らされてるコンテンツが溢れてたのかもしれない。

プレイヤー側は選ばれし者とか優れた人(目に見える範囲)なんかではなく、
その世界の底を這いずり廻って不当な扱いを受けてた人たちで、このゲームの世界において結果的にぐれんを起こす訳である。

それも世界を救うとか高尚な目的や思想のためではなくて、
一人の女の子を救う為に今あるものを全て壊してしまうわけであるが、主人公は何を感じ取ってそこまでの行動に出たのかと、
思う事がある。

単に恋愛がらみでもなさそうなのだ。

この子は象徴的であって、主人公は出会うことで、その出自を知ることによって、こんな世界は駄目だと悟ったのだと思う。
世界を変えたのは、力でもなく、まずは心からであったのかなあと、綺麗風にまとめておく。

で、ゲームとしてはとっつきにくのだけども、よく出来てて、システムを理解するとハマる。(死んで覚える)
ダークな世界観で結構悲惨な人たちも多いけど、当時(今は知らないが)は結構こういった味わい深いゲームが多かったと思う。
ビジュアルイラストも好みである。
懐古主義と言われれば否定はしないが。

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